結婚白書Ⅲ 【風花】


こうやって 少しずつ人の目に触れていくのだろう



「でも 川本さんが言ってしまったら 困るのは衛さんよ」



不安げな彼女は 私の腕の中で まだ心配顔だった



「困ることなんかないよ 堂々としてればいい 

説明する手間も省けるじゃないか」


「本当にそう思ってる?」


「うん……半分だけ思ってる」



冗談混じりの答えに 朋代が笑い出してしまった



「ふふっ 半分だけって 衛さんったら……

そうね ここで心配してもどうにもならないわね 

さぁ食事にしましょう おなかすいたでしょう すぐに準備するわ」



朋代は 自ら私の手をほどき キッチンへと向かった

川本さんの行動が気にならないわけではなかったが 

いずれ周囲にわかってしまうこと

早くけじめをつけなければと あらためて思った



久しぶりの二人だけの食事 話すことはいくらでもあった

朋代から聞くご両親の思い 特にお母さんの一貫した態度に母親の強さを

見た気がした



「仲村課長 父にどんなことを話してくださったのかしら」



それは私も気になっていた

お礼も言わなければと 仲村さんに電話をした



『礼を言われるほどのことはしてないよ』



電話の向こうで 仲村さんが照れくさそうな声



『自分たちがしてもらったことを ようやく返せるときが来たと

思っただけだよ』


『どういう意味ですか?』


『夕紀と結婚するとき 彼女のお母さんが最後まで反対していてね

婚約を破棄してまで他の人と結婚させるなんてと 

いろんな人に言われたらしいんだ

娘は幸せになって欲しい けれど世間がどう思うかで相当悩んだと 

ずいぶんあとになって教えてもらった』


『夕紀さんのお母さんは それで納得されたんですか』


『うん ある人の言葉で納得したらしい

娘さんが好きな人に嫁ぐのが一番いいことじゃないかって 

婚約解消の手順も踏んで 何の不都合もないのに こだわる必要はないだろうと

そう言ってくださる人がいたそうなんだ

第三者の意見は 時に重いからね』


『だから彼女のお父さんに話をしてくださったんですね……』


『大層なことはしてないよ 遠野君は真面目で 融通の利かない男だと

話しただけだ』



『仲村さん……』


『桐原さんのお父さんに 誰かが この男は大丈夫ですよと 

伝えるときだと思ったんだ』


『ありがとうございました』


『礼なんていいよ まだ許しをもらってないんだろう?

君の場合 僕らより条件が厳しいからね でも いつかは道が開けるよ』



仲村さんの後押しが 朋代のお父さんの心を動かしたのは確かだった

たくさんの人に支えられている 人のつながりのありがたさが身にしみた

夜だった



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