結婚白書Ⅲ 【風花】
「紹介するよ 妻の朋代だ」
「課長……僕は こんなに驚いたのは生まれて初めてです」
朋代が 身の置き所がないといったように目を伏せた
「いろいろな事情で 私たちのことは公にできなかったんだ」
「そりゃ事情もあるでしょう
お二人の立場を考えれば おいそれとは言えませんからね
それにしても いやぁ 驚いたなぁ
僕の失恋の結末が こんなだったとは……笑うしかないですね あはは……」
朋代がようやく口を開いた
「各務さん 今まで黙っていてすみませんでした
まさか こちらでご一緒するなんて……これからもよろしくお願いします」
「いえ こちらこそ なんだかこうして挨拶してるの 変な感じですね」
フフッと各務君が笑い 私たちの緊張もようやく解けた
彼には 今までの事情をある程度話した
「大変でしたね それにしても 課長も桐原さんも
そんなそぶりもまったく見せなくて
誰も気がつかなかったんじゃないですか?」
「いや そうでもないよ 仲村さんや牧野さんも知っていたよ
それと川本さんも……だけど彼女は黙っいてくれてね」
「あの川本さんが……そうですか 彼女ショックだったでしょうね
僕も相当ショックを受けてますけどね」
今夜はやけ食いですと冗談交じりに言いながら 彼は皿のものを綺麗に
食べていった
楽しい酒が酌み交わされる
「ご馳走様でした またお邪魔しても良いですか
今度は調査課のメンバーも呼んで下さいよ
みんな課長の奥さんに興味津津でしたよ
女子職員なんて 『あんな素敵な遠野課長を射止めた奥様って
きっと美人でしょうね』って そりゃぁ大変な期待がかかってます」
各務君の言い様が可笑しく 朋代も ”えーっ 困ります” と言いながらも
口元に手をやりながら楽しそうにしていた
「それは困ったな 新婚生活を邪魔するつもりか?」
「課長も言いますね まったく当てられっぱなしだな
じゃあ 今夜はありがとうございました」
律儀に頭を下げて顔を上げた後 しばらく考えた様子の各務君が
思い切ったように朋代に聞いた
「あの……聞いても良いですか
桐原さんが以前言っていた 思い切れない人って 遠野さんだったんですか」
朋代が小さな声で ”はい” と答える
「そうですか……そうだったんですか……」
各務君はそれだけ言うと 口をぎゅっと閉じ 何度か頷く仕草をした
それは 私と朋代のことを すべてを理解したと言っているようにも見えた
その後 彼が私たちの結婚について言及することはなかった