エルゼ
表裏に潜む影
01
何処の世にも、表があれば裏がある。
秩序に守られたきれいな表の世界は、実は裏の仕事によって守られていたりする。殺人者や泥棒は全て裏の世界の住人で、表の世界に恐怖と混乱を招き入れた。
だから表の世界にルールや規則が生まれたのだ。裏が無ければ、表は恐怖を知らなかった。どれが悪かも分からずに、殺人さえも善となっていたに違いない。表があるのは裏のおかげなのだ。
――なんて、言うのは俺が裏の世界の住人だからか。裏に住む俺は、裏を肯定したいのだ。でなければ、悪に染まった自分を操縦できなくなってしまう。だから好きに言わせて欲しい。
特に、今は。
「あー、はい。エルゼです」
俺が今いる場所は路地裏。路地裏という所には、あまり入らないほうがいい。特に夜は、裏世界の入り口……否、裏世界の仕事場だからだ。本当は場所なんて何処でも良いのだが、俺たちは堂々と罪を犯すほど、愚かでもない。
まあ一般的にも暗いところは危ない。
「えぇ。黒スーツに赤タイなんて目立ちますから」
携帯電話を右手に、俺は男を追い詰めていた。漆黒のスーツを着込み、ネクタイは真っ赤、左胸には金色に輝くバッジをつけている男だ。俺はこの男の名前は知らない。が、表では有名な男らしい。
そして俺の左手は拳銃を握っている。発砲する準備は既に整っていた。銃の色は、深夜の暗闇に溶け込みそうな程の黒。ボスには銀色を薦められたが、丁重に断っておいた。さすがに格好を付けすぎだと思ったのだ。
こんな仕事に格好を付けても仕方がない。
ボスとは、今、俺が電話をしている相手だ。表の世界で言う社長みたいなもので、裏の事はほとんど彼が指示を出していると言っても過言ではない。
この赤タイの男を殺せと言ったのも、彼。そんな彼から殺しの依頼を引き受けて生計を立てているのが俺たち殺し屋。そうして今、その彼から殺せと命令が下った。
俺はその言葉通りに、銃弾を男の身体に撃ちつけた。発砲の反動が左腕の骨に響く。
「ボス、標的を殺しました」
人を殺すのに抵抗はない。いつからか知らないが、消えてしまったらしい。ずいぶん昔から裏の世界に住み着いているからだろう。
でも良心がない訳じゃない。殺した後は必ず、両手を合わせて冥福を祈っているし、発見されない場合は二日後には家族や友人に知らせを送っている。何処で倒れているか、ちゃんと分かるように場所を記して……。
「あの、すいません」
「え?」
「道に迷ってしまったの……です、が」
携帯電話の明かりが俺を照らした。その光のせいで相手の顔は確認出来ない。だから何が起こっているのか理解するのに時間がかかってしまった。急いで考えたが、理解した時には既に遅かった。
全身で危機を感じた瞬間、彼女が大声で叫び出したのだ。まるでジェットコースターに乗っているみたいな絶叫だった。
「ちょ、ちょっと待て!」
つい、銃を手放して彼女の口を押さえた。勢いあまって彼女の後頭部を壁にぶつけてしまった。だが大丈夫、死んじゃいない。少し暴れたが。