エルゼ

 あぁでも死ぬなら死ぬで良い結末かもしれない。俺は人を殺しすぎた。不本意だが、その報いだと思えばいい。



「あの、その人のこと、殺すんですか」



 まるで、子どもが親に何処へ行くの、と質問しているみたいだ。そんな目で女は俺に問う。

 もう怯えなど微塵も感じない。ただ俺の哀れさを心配してくれている気がする。とても惨めな気分だが、心配されていることは心地良かった。誰かに心配されるなんて、しばらくなかったものだから。

 少し変な気分だ。



「殺さない」



 と、言うより殺せない。

 俺はそう答えて、小さな冷蔵庫から水を取り出した。一口飲むと水が喉を通っていくのが分かる。

 これからどうするべきか。とにかく、俺は女を生かせればそれでよかった。


 ふと、携帯が鳴った。またボスからだろうかと少し怯えたが、どうやらそうではないらしい。ディスプレイには、昨夜と同じ、あの見覚えのある番号が表示されている。

 シガーだ。

 俺は携帯を手に取り、通話ボタンに親指を乗せた。携帯はまだ、音を発している。俺は少し悩んでから、親指に力を入れた。画面に通話の知らせが出る。



「もしもし」



 シガーは挨拶もしなかった。



『エルゼ、お前、どうして女を殺さないんだ』


「何だよお前。唐突に」


『どうせ殺せないんだろ。なんなら俺が殺してやるよ』


「やめろ。もう殺した」



 シガーは笑った。



『嘘付け。知ってるよ。お前、まだあの女と一緒に居るだろ』



 俺の心臓が、一つ大きく鳴った。

 どうして分かるんだ。否、勘で言っているだけかもしれない。だが本当に知っている様な口ぶりだ。気のせいだろうか。しかし見張っていたのかもしれない。

 いやだがシガーが俺たちを見張る理由なんてあるのだろうか。そういえばマンションに来た時から女を殺せと言っていたが。


 今何処にいるんだ。シガーにそれを聞いたが、奴は答えなかった。



「お前には情ってものが欠けてるな」



 殺せ、とシガーが飽きるほど言うので、俺は言ってやった。裏の人間が何を言うかと思えば、と奴は呆れて笑っていたが。いつになく気に入らない笑い方だ。シガーはこんな笑い方をする奴だったか。



「女は俺が殺すから。それに、遅れたってお前に支障はないだろ」


『遅れるって、お前。殺すのをためらう理由なんてないだろ』



 あるよ、こいつ、明日に結婚するんだ。頭の中で形成されたこの台詞はすぐに消した。だから何だと返されるのが目に見えている。


 しかし、どうして女を殺さないのかと聞かれたら、そう返すしかない。俺にだって本当のところは分からない。殺してはいけないとは思ったが、本当に生かしてやるなんて。もしかしたら、俺は自分の運命に従いたくなくて、抵抗しているだけなのかもしれない。



「今日、明日は都合が悪いんだ。だから明後日に殺す」


『へぇ。じゃあ、女を花嫁にしてから、明後日に殺すのか?』


「そうだよ。結婚式は明日だって言ってるから……」



 明後日までは守り通すが、だが、それを、どうして。

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