エルゼ
「どうして、お前。こいつが結婚するって知ってるんだ」
『エルゼより早く知ってたよ。二、三ヶ月前かな』
どうしてだ。それを繰り返すと、シガーは笑って、言った。
『俺はシガーだぜ』
妙な含み笑いを残してから、シガーは勝手に通話を切った。
俺は色々な衝撃のせいで、携帯を耳から離せないでいた。だが言うことを聞かない身体とは違って、頭はフルに回転していた。いつになく早い。早くしないと時間がないと、本能が理解していたのだろう。
シガーは俺が女を生かしている事を知っていた。なぜか分からないが奴は女を殺したがっている。
これはいつからだ。マンションに来た時は、ただボスに隠し事をした対処法として、女を殺せと言ってくれていたはずだ。
しかし今の電話は明らかに違った。シガーの利益になる何かがあるか。女を殺すことでシガーは得をするのだ。
マンションのテレビと床に撃ち込まれた銃弾は、シガーが発砲したものだろう。
となると、変化した要因はその前。俺が眠ったあの一時間半だ。女はシガーがボスに電話していたと言った。そこで何かがあったに違いない。ボスが女を殺せと言ったのか。それとも。
「エルゼさん」
電話の会話が自分に関することだった知ったのか、女は震えた声を絞り出した。俺はその声を聞いて我に返る。
考えている暇などなかった。一刻も早く逃げなければ。もしも何らかの理由で、シガーが俺たちを見張っていたのなら、居場所だって割れているはずだ。
俺は急いで扉を開けた。
そうして、言葉を失った。
「急いでどこに行く気だい、エルゼ」
片腕をぴんと伸ばしたシガーの手には、銀色の拳銃があった。逃げることしか考えていなかった俺の眉間に、それは真っ直ぐ向いている。距離は近い、撃たれたら終わりだ。
俺は一人外に出て、後ろ手で扉を静かに閉めた。
「何で女を殺さないんだ」
「何で、お前は殺したがるんだ」
シガーの言葉に俺はそう返した。すると奴は――自分の為に、と答えた。
女に殺しを見られたのは俺なのに、どうしてお前の為になる。お前がボスにその事を告げて、逃げなければいけないのは俺なのに。殺されなければいけないのは俺なのに。
どうして女を殺すんだ。
早口にそれを言うとシガーは真っ直ぐ俺を見て、首を振った。
「ボスはお前のことを本当に信頼しているな」
「何を」
「女がエルゼの部屋にいるって言ったのに、ボスは信じなかったぞ」
シガーは不気味に、片方の口角をつり上げた。
「それどころか、エルゼを陥れるもりかって言われたよ」
女が言っていたあの、シガーとボスの口論の正体か。
動きたくとも動けない俺は、さらに頭を使った。それしか出来ないのだから仕方ない。だが、この状況を打破する策を考えたのではない。
シガーの言葉をじっと考え、今の状況を理解しようと考えていたのだ。
「ボスに嫌われちゃ、裏の世界じゃ生きていけないだろ」
「だから、証拠のために女を殺すのか」