エルゼ

02


   *

 何処の世にも、表があれば裏があると、俺は言った。

 生を選んで女を殺したシガーと、死を選んで女を守ろうとした俺。女を殺して生きたシガーと、女を見殺しにして生きた俺。

 この場合、果たしてどちらが裏で、どちらが表なのか。それは誰が決めるのか。



「遅いわね、秋子。結婚式の当日だって言うのに遅刻かしら」



 駅前にある小さな教会の一室で、小太りの女性が呟いた。何度も腕時計の針を確認しては、窓の外から教会の入り口を見る。

 教会の入り口には大きな門があった。数十分前はそこに沢山の人が通っていたが、今はもう誰一人として通ってはいない。



「本当に電話があったの? 葉巻さん」


「はい。当日は直接行くって言っていました」


「そう。もう一時間も経つのにね」



 小太りの女性はため息をついて、もう一度だけ時計を見た。今は三時だ。つまり約束の時間は二時か。

 結婚式の招待客は、教会の中で待ちくたびれているだろう。女性は外を見てくるわ、と葉巻に一言告げて、忙しなく部屋を出て行った。


 俺はその始終を見てから歩き出した。教会を出た女性とはすれ違い様に会釈をし、教会の中に入る。

 右手には携帯を持っていた。左手には小さな花束がある。黒いスーツに白いネクタイをして、新郎の控え室と書いてある方へ足を進めた。その部屋の扉を前にして俺は小さく咳き込み、声を整えた。そうして扉を二回ノックした。

 中から返事が聞こえたので、俺は戸を開けた。



「来ない花嫁を待って楽しいか、シガー」



 俺は花束を見せてから机に置いた。そして後ろ手で扉を閉めると、シガーに寄った。彼は新郎らしくタキシードを着込んでいた。



「俺は葉巻だ」


「一緒だろ、葉巻もシガーも」


「昨日の今日で、少しは落ち込んでいるかと思ったが」


「お前の花嫁だろうが。お前が落ち込め」


「自分で殺しておいて、落ち込めるかよ」


「まあ、そうだな」



 生きるために花嫁を殺した新郎『葉巻』が、シガーだと気づいたのは昨日のことだ。

 シガーが女を撃つ数分前、奴は饒舌になり色々なことを俺に話した。そうして、女の結婚相手の名前を知っているかと俺に聞いた。最初は戯言だと思っていたが、違ったのだ。


 その会話から時間を遡ること、また数分。シガーが俺に電話をかけてきた時、女が花嫁であると知らないはずのシガーがそれを言い当てた時。俺は奴にどうして知っているのかと聞いた。

 奴は答えた。『俺はシガーだぞ』と。それが答えだったのだ。葉巻は英語でシガー。きっとボスが洒落でつけた名前なのだろう。俺のエルゼと言う名の由来は知らないが。

 あぁ、今度聞くことにしよう。



「皮肉だな」


「何が」


「お前、秋子を花嫁にする為に生かしたのに」


「黙れよ、お前が殺したくせに。落ち込まないなら喋るな」
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