エルゼ
「そうだな。それで、エルゼ。お前何しに来たんだ」
「何って、祝いにだよ。花束持って来たろ」
俺が真面目な顔をして言うと、シガーは笑った。そして彼は立ち上がり、窓の方へ歩いていく。
――本当に皮肉だな。
知らぬ場所に来ると、窓際に行くという癖を持っていたのは女だけではなかったらしい。見たところ、お前も、癖になっているようだな、シガー。
「俺、お前に招待状出してないよな」
シガーは言って振り返った。俺は頷く。
「出せばよかった。お前の本名知らないけど。エルゼ様で届くかな」
「阿呆。届くわけないだろ」
ふわりと笑ったシガーは、外を眺めた。空は晴れていた。こんな青空の下しかも六月に結婚出来たなら、あの女も幸せだっただろう。
俺は女を生かすと言いながら守れなかった。結局シガーが殺すのを黙って見る事しか出来なかった。銃弾が届かなければいいのに、とか。当たるわけがないとか。ただ運命に任せていただけだ。だから俺は決して、私情でシガーを責める事は出来ない。
「シガー。お前、あの女のこと、どう思ってたんだ」
「どうって。そりゃ、好きだったよ。結婚しようとしたぐらいだ」
「そうか、なら」
なら。
「礼は言うなよ。俺も胸が痛いんだ」
「何だって?」
俺の言葉を不審に思ったシガーは、少し笑いながら振り返った。
だが俺は既に、懐から拳銃を取り出していた。あの、真っ黒なやつだ。笑っていたシガーはそれを見た途端、表情を強張らせた。
「秋子の、敵討ちでもする気かい」
「俺はお前とは違って、私情で人を殺したりはしないよ」
「なら、どうして」
「どうして? お前も知ってるだろ」
俺はすぐに引き金を引いた。真っ青な空を背に、新郎は窓の向こうへ倒れる。真っ白なタキシードからは、鮮血が溢れ出していた。
「悪いな」
だが、新郎に殺された花嫁よりは幸せだろう。お前は今から好きな相手のところへ行けるんだ。来ないと知っても待ち続けるくらい好きなら、あっちで結婚するがいい。
きっと花嫁は待っているさ。
俺は倒れた新郎を眺めながらため息をついた。そうして、ゆっくりと部屋を後にする。俺が非常口から出た後、発砲の音に気づいたのか、人々がシガーを見つけた。教会は急に騒がしくなった。
何も知らないふりをして教会の裏口から路地に入り込んだ俺は、今までずっと右手に持っていた通話中の携帯を耳に当てた。そして、いつもと変わらない調子で、あの台詞を口にした。
「ボス、標的を殺しました」
(終)