エルゼ
RE[D]VENGE

01



「俺の所に来い。お前なら新しいボスになれる」



 俺はついに言った。そして目の前にいる男に手を伸ばした。乾いた空気が冷ややかな夜を笑い飛ばしている気がする。俺は男を眺めながら自らが発した言葉を頭に響かせた。

イエスと、一言そう呟くだけで良い。それで全てが丸く収まるのだ。この一年の成果が実る瞬間は、その一言を聞くだけなのだ。なのに、何故迷う。



「お前は、裏切るって言うのか。俺たちを拾ってくれたボスを」


「今は子が親を殺す時代だぜ、相棒」



 悩むな、臆病者。お前の道はそれ以外にありえない。人を殺し続けて簡単な結末を迎えられると思っちゃいけない。

 お前はイエスと言うべきだ。




-RE[D]VENGE-




 ――…花束が散った。

 その瞬間にタガは外れて、俺は初めて裏社会に順応した気分を味わった。人を殺すのは悪いことだと教えられて育ったはずなのに、その記憶はいつの間にか『生き残るために殺すのは仕方がない』と言う自分勝手な思い込みに改ざんされていた。

 そんな形で俺の人格を激しく揺さぶったのは、自らが放った一発の銃声だった事は決して忘れてはいけない。


 数ヶ月前、窓から外へ倒れていく旧知の友を見て、俺は自分が犯した罪の重さを改めて実感した。心はそれに耐え切れず音も立てずに崩れていったが、反面ではやはり仕方ないと言う汚れた思想が崩れたそれを修正してしまった。

 殺しの悪を知りながらそれを肯定し続ける俺は、どれだけ脆い精神を持っていたとしても生き続けるだろう。殺しはその為に必要な事なのだ。仕方ない。そう何度も罪悪感を消しているのだから。


 輪廻転生がもしも本当にあるのだとしたら、俺は生まれてくる赤ん坊全てを敵にする事になりそうだ。何処の誰の子か知らない赤ん坊でも、俺はその成長を恐れるだろう。鬼神の如き強靭な精神でも持たない限り、その前世が俺に殺された人なのではないかと考えてしまうからだ。だから俺は輪廻転生を信じていない。



 こんならしくない事を考えてしまうのは、今の状況が異常だからだ。



 いつからこんな状況に陥ったかは最早覚えていない。気が付けば俺は顔も知らない奴に恨まれる人間になっていた。俺は相手の事を何一つしらないのに、相手は俺の事を一から十まで知っている。

 そうして「お前はエルゼか」と聞くのだ。

 それにイエス答えても、ノート答えても襲われる。答えないと言う選択はイエスと同じであるから、結局どちらにしても同じことだ。一日に必ず一人はそういう奴が来る。ボスは用心棒を雇えと言ったが、俺にそんな金はないし、そこまでして守られる程貴重な命でもない。

 だがそのせいで俺はこの一ヶ月だけで百を超える人を殺した恐ろしい奴になっていた。裏社会で俺の事を知らない奴はもういないと言うほどだ。



「殺し屋って案外簡単に見つけられるんですね」



 そんなこんなで、数分前にも一組の男女が襲ってきた。今声を出した奴ではない。俺は聞こえてきた声を無視して、男女の間に腰を下ろし、俯いていた。銃弾の値段は日に日に上がって行くのだが、その消費は日ごとに増している気がする。

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