エルゼ

 去年の今頃は一日中眠っていられるほど平和だったというのに。平和と言っても俺の職業は殺し屋だから、一般の平和とは少し違うが。



「あんた殺し屋でしょ?」



 明るい声で言葉を続ける少年は、ついさっき現れたらしい。俺は下を向いたままなので彼の顔を見る事は出来ない。

 ちなみに、俺の両隣に倒れる男女は二度と目を開かないタイプの人間である。が、少年はそんな二人を見て、軽く口笛を吹いていた。殺し屋を探していたと言うだけはあるらしい。

 だが悲鳴を上げなかったのは、彼が愚かな証拠である。



「殺し屋は心臓を狙わないって本当だったんだ」



 そんな言葉、誰から聞いたのだ。



「俺、殺し屋を探してたんですよ」




 少年はずっと同じ口調で話し続けていた。恐れのない声である。俺はその声を受け止めながらゆっくりと息を吐いた。そして、不意に疑問に思ったことを呟いた。



「探してたって、どうして?」


「昔、ずっと殺し屋の話を聞かされていたからです」


「誰に」


「俺の叔父さん。童話を聞かされるみたいでしたが」


「お前の叔父は裏の人間なのか?」


「偉大な大泥棒です。ところで俺、殺し屋になりたいんですが」


「公務員になった方が百倍マシだぞ。儲かる仕事でもないし」


「金なんて要りませんよ。俺が欲しいのは拳銃と度胸だけ」


「金は要るだろ。お前どうやって生きていくつもりだ」


「まあ、それは正論ですね。でも殺し屋って案外、人っぽいな」


「失礼な奴だな。人っぽいって何だ。俺は人だよ」


「でも、人にしては怖いじゃないですか。五分で二人も殺した」



 五分。それは早いのか遅いのか。俺は俺以外の殺し屋をあまりよく知らないから分からない。

 何せ、一緒に仕事をする裏の仲間は――彼らを仲間と呼んで良いのか分からないが――殺し屋以外の職を持つ人ばかりなのだ。泥棒、毒売り、情報屋、それに喧嘩屋。人を殺す役目は俺の仕事、それ以外の事は誰かの仕事。俺の中の職分けはその程度のものでしかない。


 少年は――いや青年は少しだけ笑った。声は掴み所がなく、飄々としているのに、その姿はしっかりとした大人であった。年中スーツの俺とは違い、ラフな格好をしている。見た感じでは二十代前半と言う所だろうか。



「それで、あんたの名前は?」



 俺はしばらく彼を眺めた。笑う狐目と上がる口角はイタズラを思いついた子どもみたいに楽しげであるのに、顔全体を見るとまるで笑っていない。仮面を付けている様だ。赤みのある茶色い髪の毛は染めているのか地毛なのか、風になびく度に顔のパーツを際立たせていた。

 見た目は普通の青年であるのに、その存在は決して無視する事が出来ない。



「俺の名はアーシュトレイです」



「本名、なわけないよな」

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