エルゼ

「毒? でも、これって普通の冷蔵庫でしょ?」


「この前、ボスから入れ替えたと連絡があったから、確かだ」



 彼は俺の身を案じてくれたらしい。裏社会の毒売りサイアン・セルロイドから大量に毒を買い取って入れ替えたのだとか。小屋で待ち伏せする奴らへの罠だと彼は言っていたのだけれど。此処を借りているくせに、俺はその件について詳しくは知らない。



「そのボスって、結構えげつない事するんですね。これ全部?」


「あぁ。全部だ。水が飲みたきゃ水道で我慢してくれ」



 仕方なくペットボトルを諦めて棚を探り出したアーシュトレイは、手にしたガラスのコップでさえも入念に眺めていた。それから俺の方を見て「これは大丈夫ですか」なんてくだらない質問をする。さすがにコップの淵にまで毒を塗る暇はないだろう。だが確かな情報はないので、俺は苦笑いを彼に返した。

 よほど心配なのだろう、アーシュトレイはそれを良く洗ってから、水道の水を注いだ。



「ところでエルゼさん、銃って買ったんですか?」


「いや。これはボスから貰ったものだ」


「俺も欲しいんですが、何とかなりませんか?」


「お前、本気で殺し屋になるつもりか?」


「当たり前でしょう。でなきゃ此処までついて来ませんよ」



 好奇心旺盛な青年である。こんな世界に身を投じるのは馬鹿者でしかないと思うが、俺には止める権利も勧める権利もない。俺は仕方なくボスに連絡を取ろうと携帯を取り出した。

 アーシュトレイはコップを片手にカーテンの隙間から外の様子を伺っている。スパイごっこでもしているのだろうか。用心の為にと思って小屋は電気もつけていなかったが、そろそろ付けても良いかもしれない。

 足音が聞こえてからしばらく経つが何かが変化した様子は微塵もない。


 俺は心を決めて携帯の着信履歴から非通知設定を探した。そこにリダイヤルをすると、数秒もしないうちに呼び出し音が途切れる音がした。それはボスへの電話が繋がった合図である。



「もしもし、エルゼです」


『あぁ、エルゼ。元気か?』


「元気です。何とか生きているって状態ですが」



 ボスはドスの効いた低い声で相変わらずの挨拶をした。

 俺はアーシュトレイの事を何と切り出そうかとしばらく考えて、黙り込んだ。その間、ボスは何一つ文句を言わずに俺を待っていた。アーシュトレイは犬の様に俺の傍でその様子を伺っている。そんな彼を見ていると言葉を考えている自分がバカらしく思えてきた。

 俺は今の状況をボスに伝えることにした。



「今、俺の横にアーシュトレイと言う男が居るのですが」


『アーシュトレイ。聞かない名だ。フリーか?』



 フリーとはボスに属さず裏に生きる人間の事を言う。自分たちで依頼者から仕事を得て、自分たちで勝手に解決すると言う奴らだ。対して、俺たち雇われはただ言われる仕事をこなすだけの駒である。報酬としては比べるまでもなくフリーの方が高い。



「いや。素人ですよ。殺し屋になりたいそうで」


『面白い男だな。殺し屋に、か。武器は?』


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