エルゼ
「持ってない様子です」
『そうか。なら、武器は俺が調達しておこう』
「ボス」
『殺し屋志願、大歓迎だ。用心棒は幾らいても足りないのだからな』
豪快に笑ながらボスはそんな事を言った。彼には用心棒が要るのか。いや、俺も用心棒の様なものだが。幾らいても足りないと言うのはどういう事だ。反抗勢力でもいるのか?
『しばらくはお前が面倒を見ると良い、エルゼ』
「はあ。ですが俺は」
『案ずるな。必要なら俺を頼れば良い。で、彼の名前は?』
「アーシュトレイ」
『悪くない名だ。いつか会う日が楽しみだよ』
傍で見守るアーシュトレイは自分がこんなにあっさり受け入れられたとは思っていないだろう。俺ではなく携帯をじっと見つめている彼の見た目は、哀れなくらい裏社会が似合わない。
そんな子犬の様な男は俺の視線に気づいたのか、背筋をしゃんと伸ばした。
『お前の様に頼りがいのある殺し屋に育ててくれよ』
「その言い方は語弊があるかもしれませんよ、ボス」
『気にするな。用件はそれだけか?』
「はい。俺からは以上です」
『よし。武器手配には時間が要るが、まあすぐだろう……それより』
「何です?」
『……いや。何でもない……今は煙草が吸いたい気分だ』
「はあ、珍しいですね」
『あぁ。こんな事を思ったのは一年ぶりだ』
「禁煙でもしてたんですか?」
『いいや。だがこれはまさに、イエス・キリストの再来だよ』
よく考えなさい、頼りにしているよ。とボスは付け足す。そうして彼は通話を切った。相変わらずの自由さである。後半は適当に喋られたとしか思えない。
俺が耳から携帯を離すと、アーシュトレイは伸ばした背筋をそのままに立ち上がった。合否を聞く受験生ではあるまいし、何も立つ事はないだろう。
俺は言葉ではなく座れと合図した。彼は黙ってそれに従い、言った。
「武器、どうなりました?」
「心配するな。ボスが手配してくれる」
「拳銃なら嬉しいですが、他の武器でも構いません」
とにかく殺し屋になれればそれで良い。彼は嬉しそうに笑った。狐目がにんまりと弧を描く。よく見れば愛らしい笑顔に見えてきた。裏があると思えばそうとも取れてしまうが、そう思わなければ何ら問題はない。
アーシュトレイは嬉しさのあまりまた立ち上がっていたが、今度は注意をしなかった。よく考えれば彼が立とうが座ろうが俺には関係のない事だ……よく考えなくても分かりそうだ。
俺の思考は生涯退屈しないことだろう。どうでも良い事ですら考えなければ答えが出ないのだから。俺は自分に呆れて自嘲した。こんな思考になってしまったのはいつからだろうか。