エルゼ
「エルゼさん」
「何だ」
「殺し屋って楽しいですか?」
可笑しな事を聞く奴である。人を殺す事が楽しいなんて、そんな事を言う奴は人格すら失くしているに違いない。俺はアーシュトレイを見て首を振った。
この仕事を楽しいと思った事はない。俺はそこまで狂ってはいないし、人格も失ってはいない。人を殺してはいけないと言うのは前提として知っている。俺の場合はただそれを正当化しているだけなのだ。
「じゃあ、エルゼさんってどうして殺し屋になったんです」
「そんな事、どうでも良いだろ」
「いや、エルゼさんは一応俺の師匠になる人なんですから」
興味があるんですよ。なんて彼は言った。
殺し屋になりたいと言う奴に興味を持たれても嬉しくない。だが彼の好奇心は余程強いらしい。好奇心と言うよりは、遊び心かもしれないが。俺がいくら教えないと言っても中々引き下がってくれなかった。
さすがの俺も否定すら面倒に思えてくる。
アーシュトレイは押せば俺が答えると思っているのかもしれない。俺はしばらくの間言葉を発するのを止めた。だが静寂などは訪れない。アーシュトレイがいる限りはそんな物を求める方がバカかもしれない。
「少なくとも、俺はお前みたいに自分から望んで裏に入ったわけじゃない」
だがどうしても静寂が欲しくなった俺はそんな事を呟いた。一言過去を呟くだけで、七年も前の出来事が鮮明なまま脳裏を過ぎる。脳内で映画か何かが上映されている気分だ。
俺は元々裏に入るつもりなどなかったのだ。今となっては抜け出す術すら思いつかないくらい順応しているが。あの七年前のあの一ヶ月あまりで俺の人生は百八十度も変わってしまった。
「エルゼさん」
「何だよ、さっきからしつこい奴だな」
「違いますって、ドアの方に誰かいたみたいなんです」
誰が居たと言うのだ。俺は立ち上がって扉の方を凝視した。音は何も聞こえなかったが――扉の隙間に紙が挟まっていることに気が付いた。アーシュトレイはこれを見てあんな台詞を吐いたのか?
俺は紙を取り、小屋の電気をつけた。
「何です、それ」
「知るか。まだ中は見てないんだ」
「あぁ、そうですね」
俺は折りたたまれた紙をそっと広げた。真っ白な紙に書いてあったのはただ一つ。誰かの電話番号だった。誰のものか皆目検討もつかない。アーシュトレイに見せてみたが、彼も首を振っていた。とりあえず俺は携帯を取り出して番号を入力した。
わざわざ番号を教えてくるなんて、十中八九、良い連絡ではないだろうが
呼び出しを知らせる電子音が数回鳴った。その間、俺もアーシュトレイも互いを見合ったまま黙り込んでいた。相手が出たと分かったのは声がしたからではなく呼び出し音が途切れたからだ。相手はしばらく言葉を発さずにいた。
だが先に話したのは相手の方である。