エルゼ
携帯の音で女が起きるかと怯えたけれど、起きなかった。これからどうしようかと本気で考え始めたが、ため息をついた時、時計は五時半を指していた。静かな部屋に、秒針の音が響き渡っている。
ふいに、こつこつ、と足音が聞こえてきた。音は部屋の前で止まる。しばらくすると、金属の触れ合う音が耳に届いてきた。この明け方に何をしているのか、言わずもがな、分かってしまう。
俺は密かに銃を準備した。音が聞こえてから五秒と経たないうちに、かち、と大きな音が一つ。鍵が開いてしまったのだ。それから十秒ほど静寂が訪れる。十一秒目、ノブがゆっくりゆっくりと回された。完全に回しきった所で、今度は五秒の沈黙があった。
俺はその間、一時も扉から目を離さなかった。現れる姿を確認するまでは瞬きだって出来やしない。ノブを回す時よりもゆっくり、扉が開き始めた。古い扉なのに、軋む音も聞こえない。そうしてピッキングに成功した人は、俺を見てふわりと笑った。
「相変わらず神経質だな、お前。銃なんてしまえよ」
その男は言った。手に持つ針金で遊びながら、ゆっくりと入り、ゆっくりと扉を閉めた。見覚えのある顔に俺は銃を懐に入れた。奴はさっき、何度か俺の携帯を鳴らした人物だ。
彼も俺と同じ裏世界の住人。現時点では人を殺した事はないらしい。が、こうして人様の部屋に潜り込んでは、金目の物や秘密書類などを持ち出すのだとか。盗みのプロ、つまり、彼は泥棒だ。
「人の部屋の鍵を勝手に開けるなよ。今何時だと思ってるんだ」
「何時なら開けていいんだよ」
黙れ、帰れ。と二言告げたが、彼は靴を脱ぎ始めた。とりあえず俺は彼が完全に部屋に上がってくるのを待った。帰れと言っても帰らないのだから、待つしかない。
丁寧に靴を揃えた彼は、ソファーの上で眠り込む女を見て、目を丸くしていた。
「なん、だ。驚いた。先客か? へましたお前を慰めに来たのに」
「お前にへましたとか言われたくない」
「実際したろ。あのニュース、見たぞ」
俺がため息をつくと、彼は変わりに微笑した。
「何ならこのシガーが始末を手伝ってやろうか」
「何を。俺を始末するのをか?」
「は、何言ってんだ。いつの間に死にたがりになったんだお前」
シガーは腕を組み、女を見下げた。女と俺を交互に見た結果、俺の連れではないと悟ったのか。眉間にシワを寄せて「それで」と説明を求めてきた。
手伝って欲しいとは一切言っていないはずだが、好意を無にするのも何なので、俺はボスに説明した事柄を同じ言葉でシガーに伝えた。ただ、最後の殺したと言う台詞は変えておいた。
「へぇ。それで、彼女が叫んだ女か」
「あぁ。連れて逃げてきた」
「何で連れて来るかねぇ」
良心が働いて殺せなかった。
その言い訳は、殺しを生業とする俺には似合わない気がして、シガーの質問には答えないでおいた。どうせ笑われるのがオチだろう。そんな事を考えていたら、お前何考えてんだよ、と結局笑われてしまった。