エルゼ
「ま、冗談はここまでだ。エルゼ」
シガーが真顔になった。
さっきまでは笑っていたくせに。彼が急に表情を変えたものだから、俺の心臓は少しだけ跳ねた。しかしそれは、表情の変化に、と言うより「俺の嘘がばれたのではないか」という疑いにだ。
この数時間で俺は常の五倍は肝が小さくなったと思う。へま一つで、自分がこんなにも動揺するとは思わなかった。
俺はそれが気に入らなくて、まだ水の残ったペットボトルをシガーに投げつけてやった。彼は腕を盾にした。
「真剣に聞けよ。お前この事、ボスには」
「言ったよ」
「そうか。これからどうする気だ」
「別にどうも……」
「どうもって、お前。あぁ。嫌だが、女を殺す他に手段はないぞ」
分かってる。
そう告げると、シガーは分かってないと言った。まあ、本当に分かっていたらあの場で女を殺していたはずだ。
眠っている間に何処か別の場所へ連れて行き、殺すことだって出来たはず。シガーの言う事は正しい。だから、俺は言い返さなかった。
「とりあえず、赤ネクタイの男は俺に任せろ。お前は女を」
殺せ、とでも言おうとしたのだろう。しかしその言葉は女の寝言によって、さえぎられた。瞬間、シガーと俺は息をも止めて静寂を作った。しばらくして、女が起きないと知ると、息を吐く。
俺は笑わなかったが、シガーはこの部屋に来た時の様にふわりと笑った。
「エルゼ、お前休憩しろ。女は俺が見張っててやるから」
その言葉はありがたかった。部屋に戻ってきてからずっと、女を逃がさずにどうやって休息をとろうかと考えていたからだ。俺は少しだけ悩んだふりをして、彼に「頼む」と一言だけ告げた。それからすぐ壁にもたれ掛かり、目を閉じた。
すぐには眠れなかった。物音がし出したので薄目で様子を伺うと、シガーが俺の投げたペットボトルを拾い上げた所だった。彼は女の持っていたペットボトルも取り上げて、冷蔵庫に入れた。
それからソファーの肘に腰をかけてじっと俺を見た。俺は、もしかして様子を伺っていたのがばれたのでは、と思って急いで目を閉じた。
次に目を開けたのは、日が昇り始めた時だった。意識がはっきりとしないまま時計を見て、時間を確認する。いつもの癖だ。どうやら俺は二時間と寝ていないようだった。
時間は七時を少し過ぎた頃。見張ると言っていたシガーは、俺が立ち上がると頭を上げた。本当に見張りをしていてくれたのか。女はまだ起きていない。
「ご苦労様。水、飲むか?」
シガーに声をかけたが、彼は黙って首を振った。ずいぶん疲れた様子だった。夜中に心配して来てくれたのはいいが、彼も仕事を終えてすぐだったのかもしれない。
そう思ってシガーに真意を聞くと彼は「一人で暇だったから疲れただけだ」と言った。それと、もう少し寝ろと言われた。俺がもう十分だと言うと、彼は立ち上がり、茶封筒を一つ俺に手渡して言った。
「お前が寝てる間に、終えたぞ」