エルゼ
何を、と聞く前に「とにかく開けろ」と言われたので、俺は茶封筒を開けた。
中に入っていたのは十数枚の紙だった。一枚一枚目を通すとそれが何かが分かってくる。それらは全て、昨日俺が殺した男の殺人事件の書類だった。現場写真から遺体のものまで、全てだ。
「シガー」
「礼は言うな。俺も胸が痛いんだ」
立ち上がったシガーはため息をついた。わざわざ夜中の警察に忍び込んで、出来立ての書類を盗って来てくれたのか。さぞ疲れただろう。言うなと言われた礼の代わりに、俺は冷蔵庫から一リットルの水が入ったペットボトルを取り出し、彼に投げた。
重たそうに受け取ると、苦笑いをしたシガー。
「悪いな」
そう言って彼は俺の部屋を後にした。来る時とは違って、扉を開けるのも、閉めるのもがさつだった。気を遣わないと言うのはこの事を言うんだろうな、と俺は密かに思う。あぁ、ほら。そのせいで女が起きてしまった。否、ようやく起きたと言うべきか。
部屋を見渡し、俺を見た女は、昨晩の事を思い出したらしい。女は少しだけ身を引いた。ソファーに座っているから引く身もあまりないのだが。
俺は小さな声で、女に「逃げないでくれよ」と言った。女がどう思ったかは知らない。だが女は俺を見上げたまま、何か言いた気にしていた。が、それを口にする事なく黙り込んだ。俺はそんな女をしばらく眺めていた。
沈黙に飽きてテレビをつけると、既にシガーの警察侵入が速報として流れていた。詳しいことはやはり分かっていないらしい。昨日と同じように、またすぐ違うニュースに切り替わった。
しかし次のニュースを確認することは出来なかった。窓ガラスが割れて、テレビが消えた。俺はとっさに女の頭を押さえつけ、地面に這わせた。
急に騒がしくなった部屋は、急に大人しくなった。女には動くなと釘をさし、俺は窓の向こうの様子を確認する。
ガラスは見事に撃ち抜かれていた。銃弾が通った辺りにはひびが入っている。そして、撃たれたテレビには銃弾が埋まっていた。誰がやったか皆目検討もつかない。二発目を警戒していたら、携帯が鳴った。
「……もしもし、はい。エルゼです」
ボスの番号が携帯に表示されていたので、俺は応答した。彼はやはり相変わらずの低い声で、俺の様子を伺った。殺しを持ちかけられる時はいつもだ。元気か、とか。今なにをしているのか、とか。
それにしても今回は珍しかった。二日続けてボスから電話が着たのは初めてだ。他にも殺しを生業としてボスの下についている奴は山といるから、そう続けて頼まれる事はなかったのだが。
「俺はそれなりに元気です。ボスは?」
元気だよ、と笑いを含みながらボスは応えた。それから彼はそのままのテンションで、俺に仕事の内容を伝えた。
シガーを殺せと。
なぜ、と言いかけたが、その言葉は呑み込んだ。誰であろうと、殺しの理由を聞くなど野暮にも程がある。しかし、なぜ。
俺が黙っていると、ボスも黙り込んだ。もしかして通話が切れたのでは、と何度か携帯のディスプレイを確認した。当然、通話は一度も切れていない。早く返答をしなければと焦って、気づいた。