エルゼ
「お前を生かしてやる。だから、言う事を聞いてくれ」
扉を開け、階段を駆け下りながら俺は呟いた。女にそれが届いたかどうかは分からない。
しかし、腕を放しても女は逃げなかった。真っ直ぐ俺について、階段を駆け下りていた。一番下に足をつけて走り出した頃には、女には俺の背中しか見えていなかった。
「お前、もしかして花嫁か」
「はい」
「式はいつだ、何処で」
「明日。六月一日、駅近くの教会で」
走りながら早口に女は言った。その後で、ドレスがどうとか行かなければ選べないとかそんな事を言ったが、俺は一喝してやった。
「全部旦那に選んでもらえ。当日会場に直接行くとも伝えろ」
明るめの路地に入り込み、俺は自分の携帯を渡した。一応拳銃を突きつけて不要な事を言わないようにしたが、多分こんな事をしなくても助けてなんて言わないだろう。俺は何となくそう思った。
「もしもし、葉巻さん」
女は抜かりなく俺が言った指示を守った。未来の旦那になるハマキとやらにドレスを選んで欲しいと伝え、当日までは会えないけれど、直接会場に行くから、と言った。事情を説明しろと言われたのかは分からないが、女は自分を信じて何も聞かないでくれと付けた。
通話を切って俺に携帯を返した女は、まるで今から勝負事に臨むかの如く目つきだった。
勝負と言えば勝負かもしれない。失うのは命、得るのは旦那。あまり楽しい勝負とは言えないだろうが。
俺は路地から少し出て様子を伺った。遠くからも光るものは見えない。
道には人が歩き始めていた。裏の世界は一時休止と言った所だろうか。人通りの多い場所で遠くから人を狙うなんて、無謀にも程がある。相手もそれに気づいたのだろう。
もう狙っていない様だ。
「これから、どこに」
女は俺に尋ねた。別に考えていた訳じゃない。だが答えなければいけない。生かしてやると断言したのだから。
俺は少しだけ考えて歩き始めた。向かうべきは裏の世界だ。明るい場所に居たって、事は進展しない。自ら危険に足を踏み入れることになるが、仕方ない。
俺が二、三日この女を守り通して、女を嫁に行かしたとしても。それ以後、女が生きられなかったら俺の負けだ。天寿を全うするまで生かさなければ、俺の言葉は戯れ言になってしまう。
「エルゼさん」
「何だよ、黙って歩け」
「どうして、人を殺すんですか」
突然、女はそんな事を言った。
その質問に何の意味があるのだろう。考えてみたが何の意味も思いつかない。俺はとにかく歩き続けた。
目的の場所はボスが用意したあの隠れ家だ。俺がいつも殺人鬼になった後に向かう場所。他の行き先は残念ながら思いつかなかった。表を歩いて女の知り合い会うのも都合が悪い。
かと言って裏の世界をただ歩き続けるだけでは、女を狙っている輩に「殺してくれ」と言っている様なもの。
隠れ家に着くと、俺は女を先に中に入れた。そうして後ろ手で扉を閉めると、ゆっくりと息を吐いた。
まず、考えなければならない。