エルゼ
問題が増えた気がする。
あの銃弾は明らかに女を狙っていた。しかし分からない。どうしてこの女は狙われなければならないのだ。俺やシガーの様に、裏の世界で恨みを買った訳でもないだろうに。
例え誰かから恨みを買っていたとしても、あんなに大胆で正確に狙う表の人間がいるものか。どう考えたってあの銃弾を撃ったのは裏の世界の住人だ。
だが、どうして表の女に裏の人間との接点があるのだ。女が殺されなければならない理由は何処にあるのか。あぁ、分からない。それに、殺されると言えばシガーだ。
どうしてボスはシガーを殺せと言ったのか。その理由も、未だに俺には分からない。
頭が混乱する。俺は椅子に座って腕を組んだ。女が水を貰っていいかと聞いてきたので、勝手にしろと告げた。
そして俺の思考はまた答えの出ない無限回廊へと戻っていった。静かに、ゆっくりと落ちて行くように――しばらくして、意識がはっきりとした。
頭は真っ白で、身体は固まった様だった。俺は無意識に伸びをしてから、いつもの癖で時間を確認した。時は正午を示している。深夜。否、今は昼だ。
とっさに俺は、隠れ家の様子を確認した。
「何で」
何時間か眠ってしまったらしい。考えているうちに、だ。
「何でお前、逃げなかったんだ」
そうして、俺が眠ったその何時間か。絶好のチャンスだったのに、女は逃げずにこの隠れ家に居た。場所は少しだけ移動していた。しかし、女は俺の近くに座っていて、そうして今、俺を見ている。
「あなたは逃げるなと言ったわ。生かしてくれるとも」
何てふてぶてしい。
さっさと逃げればよかったのだ。なぜ信じることが出来たのか分からない。俺の、殺人鬼の言葉だぞ。考えれば考えるほど分からなかったので、俺は自嘲的に少しだけ笑った。
「……考えていたら、寝てたんだ」
そうして、無駄な事を口にした。
「俺のボスに、さっき仲間を殺せと言われたんでな」
「仲間って、あの、マンションに来た人ですか」
「あぁ。あいつだ」
眠ったおかげで、頭はずいぶんスッキリとしていた。だから饒舌になったのかもしれない。言い訳をするなら「寝ぼけていた」と。俺はこう言うだろう。
女は俺が突然切り出した裏の話を聞いて頷いた。仲間を殺すなんて出来ない、なんてきれいごとも言ったくらいだ。俺はどうかしていた。本当にそう、言うしかない。
「そういえば、マンションに来た人、電話していました」
「そりゃ、電話ぐらいするだろうよ」
「違います。その、ボスっていう人に。女が貴方の部屋に居るって」
驚いた。でも、そうか。
シガーはボスに告げ口していたのか。なら俺がボスに隠すことはもう何もない。運命は決まってしまった。身柄がばれる様な事を、俺はしたのだ。俺が捕まったら、ボスに繋がる何かが世間にさらされる事になるかもしれない。そうなる前に、ボスがすることは一つだ。
俺を、黙らせること。
つまり、殺すこと。
「その後、少しだけ口論していたみたいですけど」
「……そうか。だが、もうどうでもいいさ」
どうせ死ぬのだから。