竜の箱庭
 初めての旅でくたくただったシィは、広い浴場を借りられて少し気分もよくなった。
泥や汚れをしっかりと落としていると、まるで先日の事が悪い夢で、覚めてしまえばすべて夢なのではないかと錯覚すらする。
それでも、湯を掛けるたびに沁みる傷口や、身体に蓄積された疲労感が、夢ではないとシィに告げていた。


 「戻ったよ」

寝巻きを借りられたのは幸いだった。
さっぱりとした顔で部屋に戻ると、同じ様に風呂を借りてきたらしいセインがベッドに座って本を読んでいるところだった。

「おかえり」

 いつもの見慣れた…といっても、それ以外を知らないだけなのだが、ローブではなく。
宿から借りた、シィと同じデザインの寝巻きは、セインの見た目を少し若く見せていた。

「…何してたの」

「うん、エルシアが読んで楽しそうなお話はないかなと思ってね」

「え?私?」

驚いてシィは首を傾げる。
そういえば、生きていくうえで最低限の常識はルードやリーズが教えてくれてはいたが、肝心の竜についての話は、シィは全く教えてもらっていなかった。
セインはそれを、シィに物語として読ませてやるつもりなのだろうか。

 シィは興味をそそられ、ゆっくりとセインの傍に近寄った。

「それは?」

「子供向けの、竜のお話だね。私としては、ちゃんとした専門書をオススメするけど…まずはこれからでも楽しめるんじゃないかな」

「そっか」

差し出された本を受け取りながら、シィは表紙をじっと見つめた。
それは、リーズが見せてくれた竜の紋章と似た絵が描かれている表紙だった。

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