黒姫
そのまま鞄の取っ手を掴もうとした手が、一瞬宙をさ迷う。
原因は、薫が発した言葉だった。
「僕は、黒瀬さんを庇わないよ」
唐突な言葉に意味を理解するのに時間を要した。
一瞬の間の後、瑞姫は今度こそ鞄を掴む。
「……散々私にお節介焼いたくせに?」
語尾を上げて、皮肉っぽく言う。
別にいいけど、と続きそうな瑞姫の言葉には大した反応を寄越さず、薫は肩を竦めた。
「僕だって巻き込まれたくないし」
「言ってることとやってることが随分違うけど」
「だから、今だけ。明日からは絶対に関わらないよ」
「あっそ。……あ、日誌先生んとこ出しといて」
ほんの数分の馴れ合い……とも言えないほどの会話をしただけの人間に、そんなことを言われても響かない。
さりげなく日直の仕事を押し付けて、瑞姫は教室の扉を開けて、閉めた。
さっさと家に帰って、それで何をしようか?
大切な人達を思い浮かべて、思わず頬が緩んだ。