まちぶせ
結末
あれから2年。彼女がヤツに捨てられたと聞いた。かわいそうだと思いつつも、やっぱりなという思いも当然あって…… すっかり痩せてしまった彼女は痛々しかったけれども、僕にはそれ以上の感傷は湧かなかった。
そして僕らは卒業の時を迎え、僕は都会での暮らしを始めるため、ボストンバック一つを担いで駅に向かった。そこで人待ち顔をしている意外な人を見かける。
彼女、だった。
僕はかつて彼女がしていたように、素知らぬ顔で彼女の前を通り過ぎようとした。でも彼女は、明らかに僕の方へと歩を進めている。だから僕は、かつて彼女がしたような険しい顔をしてみせた。
「良かった、間に合って」
「何のことかな?」
「斎藤君にわたしの話を聞いてもらいたくって」
「僕には話すことなんてないよ?」
あくまでも拒絶の態度を取る僕に、彼女の表情は曇る。
「どうしてもわたしの話を聞いて欲しいの」
懇願するような彼女の表情にも、僕の心は動かない。
「あの時僕の話は聞いてくれなかったのに?」
僕の冷たい声と冷たい言葉に、彼女は俯いてしまう。そのまま黙り込んでしまった彼女に、僕は電車の時間があることを告げると歩き出そうとした。その時……
「待ってっ!」
彼女が僕の腕を掴む。その手の意外なほどの力強さに僕は驚かされる。
「斎藤君っ、わたし、わたしね……」
その先彼女が何を言おうとしているのか、僕にはわかってしまっていた。
「ズルいよ、藤原さん」
彼女の言いたい言葉を、僕は聞きたくなかったんだ。それが僕に冷めた声を出させる。
「聞いて、斎藤君……」
彼女の頬を涙が伝う。それにも僕の心は動かなかった。僕の腕を掴んだ手を、やんわりと引き剥がす。
「あの時、僕の手を振り払ったのは君だ。君が先に僕の気持ちを拒んだんだよ? それを今さら蒸し返すなんて、虫が良過ぎると思わないかい?」
「あの時のことは謝るわ。全然周りが見えてなくって、あなたの優しさにも気づかなかったの」
「今さらそんなこと言われても」
「あなたのことが好きなの」
真っすぐに僕を見つめてそう言った彼女。それでも僕の心は動かない。
「僕のことを見くびらないで。フラレてすぐの女に手を出すほどプライド低くないから。それにね……」
僕はそこで言葉を切って、強い視線を彼女に向けた。
「あの時にね、僕の君への気持ちは終わったんだ。何を言っても届かない君に、僕の気持ちは折れた。だからこれからも君を好きになることはあり得ない」
それは僕の正直な気持ちだった。それでも縋り付こうとする彼女に、僕は押しやるように両手を翳した。
「これ以上嫌いにはなりたくないから、ね? わかって?」
彼女にキツい言葉を投げられないのは、かつて好きだった人への思いやりだったのだろうか。崩れ落ちそうになっている彼女を抱きとめると、僕は彼女の耳元で囁くように最後の言葉を言った。
「藤原さん、元気でいてください。これでお別れです」
細い両肩を掴んで体を離し、彼女の瞳を見つめる。潤んではいるけど、澄み切った瞳はあの頃のままだった。
「さよなら」
僕は彼女に告げると、踵を返し改札を通り抜ける。目の前に停まった特急列車に乗り込むまで、僕は彼女の方を振り返らなかったんだ。
それから3年後。
彼女がこの世を去ったと聞かされた。ガンに侵された彼女は、短い時間であっけなく逝ってしまったということだった。その苦しみや悲しみを共有出来る人を得ることがないまま、儚く逝ってしまった彼女に同情はしたけれども、やはり僕はそれ以上の感情を抱くことはなかった。だけど……
彼女の綺麗な瞳とあの横顔は、彼女を好きだった事実とともに僕の中で生き続けていくことだろう。
そして僕らは卒業の時を迎え、僕は都会での暮らしを始めるため、ボストンバック一つを担いで駅に向かった。そこで人待ち顔をしている意外な人を見かける。
彼女、だった。
僕はかつて彼女がしていたように、素知らぬ顔で彼女の前を通り過ぎようとした。でも彼女は、明らかに僕の方へと歩を進めている。だから僕は、かつて彼女がしたような険しい顔をしてみせた。
「良かった、間に合って」
「何のことかな?」
「斎藤君にわたしの話を聞いてもらいたくって」
「僕には話すことなんてないよ?」
あくまでも拒絶の態度を取る僕に、彼女の表情は曇る。
「どうしてもわたしの話を聞いて欲しいの」
懇願するような彼女の表情にも、僕の心は動かない。
「あの時僕の話は聞いてくれなかったのに?」
僕の冷たい声と冷たい言葉に、彼女は俯いてしまう。そのまま黙り込んでしまった彼女に、僕は電車の時間があることを告げると歩き出そうとした。その時……
「待ってっ!」
彼女が僕の腕を掴む。その手の意外なほどの力強さに僕は驚かされる。
「斎藤君っ、わたし、わたしね……」
その先彼女が何を言おうとしているのか、僕にはわかってしまっていた。
「ズルいよ、藤原さん」
彼女の言いたい言葉を、僕は聞きたくなかったんだ。それが僕に冷めた声を出させる。
「聞いて、斎藤君……」
彼女の頬を涙が伝う。それにも僕の心は動かなかった。僕の腕を掴んだ手を、やんわりと引き剥がす。
「あの時、僕の手を振り払ったのは君だ。君が先に僕の気持ちを拒んだんだよ? それを今さら蒸し返すなんて、虫が良過ぎると思わないかい?」
「あの時のことは謝るわ。全然周りが見えてなくって、あなたの優しさにも気づかなかったの」
「今さらそんなこと言われても」
「あなたのことが好きなの」
真っすぐに僕を見つめてそう言った彼女。それでも僕の心は動かない。
「僕のことを見くびらないで。フラレてすぐの女に手を出すほどプライド低くないから。それにね……」
僕はそこで言葉を切って、強い視線を彼女に向けた。
「あの時にね、僕の君への気持ちは終わったんだ。何を言っても届かない君に、僕の気持ちは折れた。だからこれからも君を好きになることはあり得ない」
それは僕の正直な気持ちだった。それでも縋り付こうとする彼女に、僕は押しやるように両手を翳した。
「これ以上嫌いにはなりたくないから、ね? わかって?」
彼女にキツい言葉を投げられないのは、かつて好きだった人への思いやりだったのだろうか。崩れ落ちそうになっている彼女を抱きとめると、僕は彼女の耳元で囁くように最後の言葉を言った。
「藤原さん、元気でいてください。これでお別れです」
細い両肩を掴んで体を離し、彼女の瞳を見つめる。潤んではいるけど、澄み切った瞳はあの頃のままだった。
「さよなら」
僕は彼女に告げると、踵を返し改札を通り抜ける。目の前に停まった特急列車に乗り込むまで、僕は彼女の方を振り返らなかったんだ。
それから3年後。
彼女がこの世を去ったと聞かされた。ガンに侵された彼女は、短い時間であっけなく逝ってしまったということだった。その苦しみや悲しみを共有出来る人を得ることがないまま、儚く逝ってしまった彼女に同情はしたけれども、やはり僕はそれ以上の感情を抱くことはなかった。だけど……
彼女の綺麗な瞳とあの横顔は、彼女を好きだった事実とともに僕の中で生き続けていくことだろう。