鳴る骨
第三章 告白
荒天の海岸で
約束の日がやってきた。昼頃、田島は少し遅れて走ってきた。私はというと、30分前から、読みかけの本を膝に置いて待っていた。待ち合わせ場所は、海岸のそばにぽつんと設置された、錆び付いたベンチだった。
「すみません、遅れました」
「かまわないよ。それより、少し休んだら?ずいぶん息を切らしているよ」
田島は過呼吸のように荒い息を吐いていた。片手を振って休息はいらないと身ぶりで伝えたが、私は待った。冷たい海風が、田島のほてった顔を急速に冷やしていくのが目に見えて分かった。
「行きましょう」
彼の言葉に、もう大丈夫と見てとった私は、本を鞄にしまって立ち上がった。田島は、いつものダウンコートを着こんでいたが、寒そうに手をこすった。見ると、彼の手は火傷をしたかのように真っ赤に、そして指先は血が通っていないかのように紫色に変色していた。
「手は大丈夫?とても冷たそうだよ」
私は、特に何のためらいもなく田島の手をとった。そして、向かい合ったまま、自分の掌中で彼の手を温めようと握りしめた。
その時、幼い男の子を連れた母親が、私たちのそばを通りかかった。ちらりと見ると、彼女と目が合った。母親は、目を伏せて子どもを自分の反対側に連れていき、手を取り合った私たちの様子が見えないようにした。
私ははっとした。何か、自分が後ろ指を指されるような行為をしているかのような、彼女の行為が胸に突き刺さるように痛かった。私は、田島を気遣うつもりで、手を離そうとした。だが、驚いたことに田島はそうしたことに一切構わず、ますます強く私の手を握りしめた。お互いの手に、脈打つような血潮が通う気がした。
「おかげで温まりました。行きましょう」
田島の堂々とした表情が、私の胸を熱くした。田島は私を嫌っていない。自分が田島を必要としているように、彼もまた私を頼みにしているのではないか。私は、思いがけない発見に頭がくらくらするようだった。ひゅうと矢のように耳元をかすめる、うなるような風も、だんだんと厚い雲に覆われる空も、目に入らなかった。
その日の海は、灰色にかすみ、轟音のような波音が響いていた。もうしばらく経てば、嵐になるのではないかと思われる天気だった。田島が先頭に立って、さらさらした砂浜を歩いた。そして、石や貝殻を目にしては拾い、耳に当てた。どれもこれも、ありふれた波の置き土産だった。
「鳴らないね」
「今日も、見つからないかもしれません」
もうずっと、こんな調子ですが、と久しぶりに自嘲するような笑みを浮かべた彼が。立ち止まって、ごつごつした岩場を指した。
「ちょっと座りましょう。お話したいんです」
私たちは腰かけた。まだ正午過ぎなのに暗い海原を眺めると、波間に浮いているものは何もなく、ただ天気が大きく崩れる前触れかのように、高浪がざあざあと押し寄せていた。
「Yさん、僕はお話しなければならないことがありますが、そのことであなたが僕を見捨てても、僕は変わらずあなたを尊敬します。あなたは、僕にとてもよきしてくださいました。僕は、あなたに出会えたことを、天に感謝します。たとえ鳴る骨が見つからなくても、僕は……」
田島はいったん言葉を切った。慎重に言葉を探してから、いつになく重みをつけて言った。
「僕は、待ち続けます。できれば、あなたとこれまで通り親しくさせていただきながら」
「私は、君がどんな話をしても、今の関係を保ちたいと思っているよ。そして、できれば君が満足のいくように、これからもここに来て、一緒に鳴る骨を探したいと思う」
私は、彼をできるだけ安心させるように、慈しむような響きを持たせて言った。
「ありがとうございます。では、僕の罪と鳴る骨の由来についてお話しましょう」
こうして、田島は、私が一生忘れることがないであろう身の上話を始めたのだった。
「すみません、遅れました」
「かまわないよ。それより、少し休んだら?ずいぶん息を切らしているよ」
田島は過呼吸のように荒い息を吐いていた。片手を振って休息はいらないと身ぶりで伝えたが、私は待った。冷たい海風が、田島のほてった顔を急速に冷やしていくのが目に見えて分かった。
「行きましょう」
彼の言葉に、もう大丈夫と見てとった私は、本を鞄にしまって立ち上がった。田島は、いつものダウンコートを着こんでいたが、寒そうに手をこすった。見ると、彼の手は火傷をしたかのように真っ赤に、そして指先は血が通っていないかのように紫色に変色していた。
「手は大丈夫?とても冷たそうだよ」
私は、特に何のためらいもなく田島の手をとった。そして、向かい合ったまま、自分の掌中で彼の手を温めようと握りしめた。
その時、幼い男の子を連れた母親が、私たちのそばを通りかかった。ちらりと見ると、彼女と目が合った。母親は、目を伏せて子どもを自分の反対側に連れていき、手を取り合った私たちの様子が見えないようにした。
私ははっとした。何か、自分が後ろ指を指されるような行為をしているかのような、彼女の行為が胸に突き刺さるように痛かった。私は、田島を気遣うつもりで、手を離そうとした。だが、驚いたことに田島はそうしたことに一切構わず、ますます強く私の手を握りしめた。お互いの手に、脈打つような血潮が通う気がした。
「おかげで温まりました。行きましょう」
田島の堂々とした表情が、私の胸を熱くした。田島は私を嫌っていない。自分が田島を必要としているように、彼もまた私を頼みにしているのではないか。私は、思いがけない発見に頭がくらくらするようだった。ひゅうと矢のように耳元をかすめる、うなるような風も、だんだんと厚い雲に覆われる空も、目に入らなかった。
その日の海は、灰色にかすみ、轟音のような波音が響いていた。もうしばらく経てば、嵐になるのではないかと思われる天気だった。田島が先頭に立って、さらさらした砂浜を歩いた。そして、石や貝殻を目にしては拾い、耳に当てた。どれもこれも、ありふれた波の置き土産だった。
「鳴らないね」
「今日も、見つからないかもしれません」
もうずっと、こんな調子ですが、と久しぶりに自嘲するような笑みを浮かべた彼が。立ち止まって、ごつごつした岩場を指した。
「ちょっと座りましょう。お話したいんです」
私たちは腰かけた。まだ正午過ぎなのに暗い海原を眺めると、波間に浮いているものは何もなく、ただ天気が大きく崩れる前触れかのように、高浪がざあざあと押し寄せていた。
「Yさん、僕はお話しなければならないことがありますが、そのことであなたが僕を見捨てても、僕は変わらずあなたを尊敬します。あなたは、僕にとてもよきしてくださいました。僕は、あなたに出会えたことを、天に感謝します。たとえ鳴る骨が見つからなくても、僕は……」
田島はいったん言葉を切った。慎重に言葉を探してから、いつになく重みをつけて言った。
「僕は、待ち続けます。できれば、あなたとこれまで通り親しくさせていただきながら」
「私は、君がどんな話をしても、今の関係を保ちたいと思っているよ。そして、できれば君が満足のいくように、これからもここに来て、一緒に鳴る骨を探したいと思う」
私は、彼をできるだけ安心させるように、慈しむような響きを持たせて言った。
「ありがとうございます。では、僕の罪と鳴る骨の由来についてお話しましょう」
こうして、田島は、私が一生忘れることがないであろう身の上話を始めたのだった。