鳴る骨
骨が鳴る
出会いと別れを経験した冬は足早に去った。
受験シーズンから解放され、やっとまとまった休みがとれるようになってから、私はあの海岸に行ってみようと思い立った。あの場所のことは、片時も忘れなかった。常に思い出し、悔いることが、田島の供養になっている気がしていた。そして、田島の、「骨、鳴る……」という言葉も気になっていた。田島は、最後まであの信仰を貫いた、そして最後は救済されたような顔をしていた。それがどういうことなのか、はっきりとわからなかったし、もし自分も鳴る骨を見つけることができるなら、赦されたいと願っていた。
不眠と低気圧の影響で痛む頭をおさえながら、私は久方ぶりの砂浜に立った。あのベンチは、事件以降撤去されていた。暦の上ではとうに春とはいえ、寒さはまだ残っている。散歩する人の姿も、真冬のときよりは増えていたが、喧騒とは全く無縁の世界が広がっていた。波は、穏やかだった。太陽の光加減で、今日は少し青みを帯びて見える海を、普通の人間ならば美しいと思って見入るに違いない。しかし、心に闇を抱えた私には、その明るさがかえって身に沁みて辛かった。田島と一緒に見た、真冬の黒い海のほうがどれだけ美しく見えたか知れなかった。
私は、絶望に打ちひしがれながら海岸を逍遥した。田島と共に散歩できていたなら。その思いが、心を飲み込んだ。もう自分には希望など残っていないのではないか。生きる意味があるのだろうか。田島を―この世でたった一人の大切な友を、自分の過失で失った、その罪は重いのだ。ユリの義父は裁判にかけられる。法で裁かれるのだ。しかし、私の罪は誰が裁くのか。誰が赦すのか。田島しかいない。田島に会いたい。私は、自然に貝殻を拾い集めていた。田島が私を赦してくれるなら、彼が愛するユリの詩のように、一片の骨を遺し、鳴らして待っていてくれるに違いない。私は、蓬髪の狂信者と化していた。
できるだけ白い、骨片に似た貝殻を集めた後、岩場に腰を下ろして、それらを耳に当ててみた。―何も聞こえない。何も。私は、貝の抜け殻たちを放り投げた。そのとき、田島と出会わせてくれ、また、彼を私から永遠に奪ったあの頭痛が、こめかみの痙攣を伴ってやってきた。手で患部をおさえるが、やはり引かない。痛みを感じることで罪を忘れないために、鎮痛剤はもう長いこと飲んでいなかった。ただ、深呼吸を繰り返し、祈りを捧げるような姿勢で、天からの叱責、罰であるその痛みを耐え忍んでいた。
「だいじょうぶ?」
よく舌が回らない口調で尋ねられ、私は顔を上げた。そこに立っていたのは、先ほどから近くで砂の城を作って遊んでいた男の子だった。幼稚園に通っているくらいの、あどけない顔をした幼い子に、突然寄ってこられて、私はびくっとした。その子は、しかめ面をしたわたしを全く怖がらず、いたずらをするように目をくるくるさせて、小さな手を私の額に当て、それから節くれだった私の手をそっと握った。
「いたいのいたいの、とんでけ!」
手を握られた瞬間、私の関節が引っ張られて、ぽきりと軽い音を立てて鳴った。私は、あっと声をあげた。
骨が、鳴った。
あれだけ探しても見つからなかった骨は、私の骨だった。
呆然としているうちに、その子は照れたように走り去った。そして、遠くからこちらを訝しげに見守っていた両親にたしなめられていたようだったが、やがて彼らはこちらに一礼して、手をつないで自分たちの散歩道に戻っていった。私は、その若い夫婦と子供が、田島とユリ、そしてその間にもうけた子のように思えてならなかった。彼らが睦まじげに歩いていく後姿は、確かにそう見えたのだった。
私は、心の重石が取れたように軽やかな気分で、腕を広げ、岩に横たわった。その様子はオランテのように見えたかもしれない。とにかく、祈りを捧げたい気持ちだった。
田島は、瀕死の際に私の手を握った。そのとき、恐らく田島の関節がぽきりと鳴ったのだろう。彼もまた、自分の中に鳴る骨があったこと、ユリは自分の中にいてくれたことを感じ取り、赦されたという歓喜の中で命を終えたのではなかったか。
私の中にもまた、鳴る骨があった。それは田島が私のたましいに宿っている証左だと信じた。そして、田島は私を赦してくれたと思った。その証に、頭痛がすっと引いていったのだった。
私は、絶望から一転して生きる希望を見出した。それはまさに、苦痛を乗り越えた者だけに与えられる恩寵であった。空は、いつのまにか青く澄み渡っていた。波の声も、耳に心地よかった。私は、日が落ちて暗くなるまで、春の英気をたっぷりと吸い込み、天の恵みをからだとたましいに受け止めていた。
受験シーズンから解放され、やっとまとまった休みがとれるようになってから、私はあの海岸に行ってみようと思い立った。あの場所のことは、片時も忘れなかった。常に思い出し、悔いることが、田島の供養になっている気がしていた。そして、田島の、「骨、鳴る……」という言葉も気になっていた。田島は、最後まであの信仰を貫いた、そして最後は救済されたような顔をしていた。それがどういうことなのか、はっきりとわからなかったし、もし自分も鳴る骨を見つけることができるなら、赦されたいと願っていた。
不眠と低気圧の影響で痛む頭をおさえながら、私は久方ぶりの砂浜に立った。あのベンチは、事件以降撤去されていた。暦の上ではとうに春とはいえ、寒さはまだ残っている。散歩する人の姿も、真冬のときよりは増えていたが、喧騒とは全く無縁の世界が広がっていた。波は、穏やかだった。太陽の光加減で、今日は少し青みを帯びて見える海を、普通の人間ならば美しいと思って見入るに違いない。しかし、心に闇を抱えた私には、その明るさがかえって身に沁みて辛かった。田島と一緒に見た、真冬の黒い海のほうがどれだけ美しく見えたか知れなかった。
私は、絶望に打ちひしがれながら海岸を逍遥した。田島と共に散歩できていたなら。その思いが、心を飲み込んだ。もう自分には希望など残っていないのではないか。生きる意味があるのだろうか。田島を―この世でたった一人の大切な友を、自分の過失で失った、その罪は重いのだ。ユリの義父は裁判にかけられる。法で裁かれるのだ。しかし、私の罪は誰が裁くのか。誰が赦すのか。田島しかいない。田島に会いたい。私は、自然に貝殻を拾い集めていた。田島が私を赦してくれるなら、彼が愛するユリの詩のように、一片の骨を遺し、鳴らして待っていてくれるに違いない。私は、蓬髪の狂信者と化していた。
できるだけ白い、骨片に似た貝殻を集めた後、岩場に腰を下ろして、それらを耳に当ててみた。―何も聞こえない。何も。私は、貝の抜け殻たちを放り投げた。そのとき、田島と出会わせてくれ、また、彼を私から永遠に奪ったあの頭痛が、こめかみの痙攣を伴ってやってきた。手で患部をおさえるが、やはり引かない。痛みを感じることで罪を忘れないために、鎮痛剤はもう長いこと飲んでいなかった。ただ、深呼吸を繰り返し、祈りを捧げるような姿勢で、天からの叱責、罰であるその痛みを耐え忍んでいた。
「だいじょうぶ?」
よく舌が回らない口調で尋ねられ、私は顔を上げた。そこに立っていたのは、先ほどから近くで砂の城を作って遊んでいた男の子だった。幼稚園に通っているくらいの、あどけない顔をした幼い子に、突然寄ってこられて、私はびくっとした。その子は、しかめ面をしたわたしを全く怖がらず、いたずらをするように目をくるくるさせて、小さな手を私の額に当て、それから節くれだった私の手をそっと握った。
「いたいのいたいの、とんでけ!」
手を握られた瞬間、私の関節が引っ張られて、ぽきりと軽い音を立てて鳴った。私は、あっと声をあげた。
骨が、鳴った。
あれだけ探しても見つからなかった骨は、私の骨だった。
呆然としているうちに、その子は照れたように走り去った。そして、遠くからこちらを訝しげに見守っていた両親にたしなめられていたようだったが、やがて彼らはこちらに一礼して、手をつないで自分たちの散歩道に戻っていった。私は、その若い夫婦と子供が、田島とユリ、そしてその間にもうけた子のように思えてならなかった。彼らが睦まじげに歩いていく後姿は、確かにそう見えたのだった。
私は、心の重石が取れたように軽やかな気分で、腕を広げ、岩に横たわった。その様子はオランテのように見えたかもしれない。とにかく、祈りを捧げたい気持ちだった。
田島は、瀕死の際に私の手を握った。そのとき、恐らく田島の関節がぽきりと鳴ったのだろう。彼もまた、自分の中に鳴る骨があったこと、ユリは自分の中にいてくれたことを感じ取り、赦されたという歓喜の中で命を終えたのではなかったか。
私の中にもまた、鳴る骨があった。それは田島が私のたましいに宿っている証左だと信じた。そして、田島は私を赦してくれたと思った。その証に、頭痛がすっと引いていったのだった。
私は、絶望から一転して生きる希望を見出した。それはまさに、苦痛を乗り越えた者だけに与えられる恩寵であった。空は、いつのまにか青く澄み渡っていた。波の声も、耳に心地よかった。私は、日が落ちて暗くなるまで、春の英気をたっぷりと吸い込み、天の恵みをからだとたましいに受け止めていた。