野獣の誘惑
※はじめに
(――視線が、痛い)
朝の通勤ラッシュで賑わう駅前広場。
広場にあるベンチに腰を下ろす俺の前を、人々は通りすぎざまに何故か一瞥していく。
中にはすぐ目を逸らすような人もいれば、上から下まで俺の体を遠くから見つめるやつ。
それらの視線に、俺は携帯を弄って気付かないふりをする。
(やっぱり、俺、変なんじゃないか……?)
柚(ゆず)のやつはバッチリだと自信満々に言ってはいたけど、柚の感覚がおかしいだけで、周りからすれば俺は不自然なのかもしれない。
(くそっ、早く帰ってこいよ! 柚のアホ!)
4月といえどまだまだ肌寒いこの季節。
制服のスカートに履きなれていない俺にとって、この寒さはまるで拷問のようだ。
(トイレ行くのにどんだけかかっているんだよ!)
相変わらずの周りの視線にもそろそろ嫌気がさしてきた時だった。
「キミ、1人?」
穴が開くほど携帯を見つめたままだった俺に、影が被さる。
携帯から目を離して、その影の正体を追う。
(チャラっ!)
ワックスであたかもたたせた茶髪男と金髪にピアスの男。
どちらも制服の着崩しかたが酷い。
ここら辺の高校には詳しくないため、どこの高校かはわからないが、多分年上だろう。
「うわっ! めっちゃ当たりじゃん!」
「西清(せいしん)の子だろ? 暇してるなら俺達と遊ばね?」
なんと、朝っぱらからナンパに絡まれるとは考えもしなかった。
いや、“男に”ナンパされる日が来るとは、以前の自分は思いもしなかっただろう。