‐月のしずく‐
「春日?」


もう一度、彼女の名前を呼んだ。


春日は微笑んだ。



そして口唇に、人差し指を当てた。



その仕草に、俺はドキッとしてしまった。



「私は私。本当も嘘もない。阿部は月に……狂わされちゃったんだ」

「俺は……」



俺は……今、何を言おうとした?



春日は振り返り、戻っていく。


春日の背中をじっと見つめる。



昼と同じ……光景。



俺は結局、何も言えなかった。


春日のことも、知れなかった。



…満月を見上げる。


「……………」



彼女が言った通り、月は不思議かもしれない。



満月を見た俺の心は……ずっと、切なさのままだったから。

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