inosence


「ところで風香、教科書とった?」

「あっ!!そうだ先生、教科書もっていっていいですか?」

「はい、いいですよ」


イーゼルと絵を片付けている先生に許可をもらい、わたしは棚にしまっておいた教科書をとり、あわてて鞄のなかにいれる。

わ、ファイルとかノートとか多くてぎゅうぎゅうだ。今日は教科書使わない授業なかったからなぁ。


「まったくもう、貸して?」

「ありがとう~エミ」


エミが器用に鞄にいれてくれる。あぁ、また甘えちゃった。


「先生、さようなら」

「さようなら。気をつけて帰ってくださいね」


美術室から出ていくわたしたちを、先生は敬語で微笑みながら丁寧に送ってくれた。

ふたりで話していたときは敬語使ってなかったのに…なんだか、そんなに丁寧だとやさしいけど壁があるみたい。



「風香ってばラッキーだね!あんなにかっこいい先生と話していたなんて」

「あ、うん…よかった」


階段を降りていきながらも思い出すと、うれしくて口元がしぜんとほころぶ。

はじめてみた先生の一面。たくさん教えてもらったお話。

まるでこころの中できらきら光る宝物をもらったみたい。

美術室にいくまでは話しかけるのにすごく抵抗があったのに、今だと親しみをおぼえている。


「ねぇ、なに話してたの?」


興味しんしんにエミがきいてくる。

思わずどきっとして、答えるのにすこし間があいた。


「……」

「風香?」

「す、数学のことだよ?」


エミにうそついちゃった。声が裏返ったからうそついたって多分ばれてる。でもあんまり先生のことを教えたくなかった。

そういえばエミがくる前、先生はなにか言いかけてた。なにを話そうとしてたんだろ?


また放課後、美術室にいったらお話できるかな。

そしたら、なにを言おうとしてたのか、それとどうして授業中に切なそうな目をしてたことをきけるかな。



「いや、絶対うそでしょ!ほんとにわかりやすいよね。それにずっと待たされてたし、ひどいなぁ」

「う…。ごめんね」


わたしは体を縮こませながら、早いペースで歩くエミについていく。

するとエミは急にふりむき、ちょっぴりいじわるな顔で笑った。


「なら、コンビニであれおごってよ?」


あれとはきっと、かぼちゃとさつまいものチップスのこと。最近のエミのブームだから、すぐ思いつく。

エミらしい交換条件に、わたしも笑ってうなづいた。




.
< 8 / 8 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop