inosence
「ところで風香、教科書とった?」
「あっ!!そうだ先生、教科書もっていっていいですか?」
「はい、いいですよ」
イーゼルと絵を片付けている先生に許可をもらい、わたしは棚にしまっておいた教科書をとり、あわてて鞄のなかにいれる。
わ、ファイルとかノートとか多くてぎゅうぎゅうだ。今日は教科書使わない授業なかったからなぁ。
「まったくもう、貸して?」
「ありがとう~エミ」
エミが器用に鞄にいれてくれる。あぁ、また甘えちゃった。
「先生、さようなら」
「さようなら。気をつけて帰ってくださいね」
美術室から出ていくわたしたちを、先生は敬語で微笑みながら丁寧に送ってくれた。
ふたりで話していたときは敬語使ってなかったのに…なんだか、そんなに丁寧だとやさしいけど壁があるみたい。
「風香ってばラッキーだね!あんなにかっこいい先生と話していたなんて」
「あ、うん…よかった」
階段を降りていきながらも思い出すと、うれしくて口元がしぜんとほころぶ。
はじめてみた先生の一面。たくさん教えてもらったお話。
まるでこころの中できらきら光る宝物をもらったみたい。
美術室にいくまでは話しかけるのにすごく抵抗があったのに、今だと親しみをおぼえている。
「ねぇ、なに話してたの?」
興味しんしんにエミがきいてくる。
思わずどきっとして、答えるのにすこし間があいた。
「……」
「風香?」
「す、数学のことだよ?」
エミにうそついちゃった。声が裏返ったからうそついたって多分ばれてる。でもあんまり先生のことを教えたくなかった。
そういえばエミがくる前、先生はなにか言いかけてた。なにを話そうとしてたんだろ?
また放課後、美術室にいったらお話できるかな。
そしたら、なにを言おうとしてたのか、それとどうして授業中に切なそうな目をしてたことをきけるかな。
「いや、絶対うそでしょ!ほんとにわかりやすいよね。それにずっと待たされてたし、ひどいなぁ」
「う…。ごめんね」
わたしは体を縮こませながら、早いペースで歩くエミについていく。
するとエミは急にふりむき、ちょっぴりいじわるな顔で笑った。
「なら、コンビニであれおごってよ?」
あれとはきっと、かぼちゃとさつまいものチップスのこと。最近のエミのブームだから、すぐ思いつく。
エミらしい交換条件に、わたしも笑ってうなづいた。
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