短編集
新たな生活が、始まる。

ふいに、タオルを首に巻き、こめかみから流れる汗を拭っては黙々と作業をする彼の姿が目に留まる。
幼馴染である彼は、滅多に感情を出す事の無い人。

彼と再開したきっかけは、あまりに情けなかった。

結婚を前提に付き合っていた人は、私の目を盗んで浮気に現をぬかしていたのだ。
それを知った私は、あの人への全ての感情が「無」となり、気付けば破局。

浴びるようにお酒を飲んでいた私を止めたのが、彼だ。
しかし、止まる事のない私に呆れて帰るのかと思えば、彼は向かい側に座り、ただ、じっと待っている。

「馬鹿だと思っているんでしょ、こんな女」

顔を真っ赤に染めテーブルに叩きつけるようにグラスを置く私に、彼は口を閉ざす。

返答なんて、求めてなんかいない。

ふら付く手もと、視界までも揺れる様は自身さえも失望させてしまう。
ぽたり、ぽたりと落ちる滴。それが涙だと言う事は、泥酔する私にはわからない。

「それほど、好きだったんだろう」

閉ざされていた唇は、ゆっくりと、それでいてはっきりと。耳に届く。

意識がなくなったのも、そこから。

髪を撫でる優しい手、どうしてこんなにも心地よいのだろうか。
夢から覚め、重たい瞼を動かし起き上がろうとした身体は、その大きな手にとって止められる。

ベッドに横たわる彼女の頭を片方の太ももに乗せ、もう片方の足は折られ、膝に腕を乗せている彼の姿。
ネクタイのないYシャツの上の方はボタンを外され、妙に色っぽい。

「ごめんね、久しぶりに会えたのに」

撫でられていた手は止められ、身体を起き上がらせると彼は神妙な顔で彼女をみる。

「良かったな、別れて」

嗚呼、忘れていたのに・・・・・・。

傷を抉られたように顔を歪ませる彼女の腕を引き、彼は身体が壊れんばかりにかき抱く。
突然の行動に動揺を隠せず、慌てふためく彼女を押し倒し、手首は彼の手によって逃げ場を失う。

「泥酔したお前を抱くなんて卑怯だと思った、けど」

交差する視線があまりにも歯痒い、逸らそうにも、彼はそれを許してくれないだろう。

「俺はお前が好きだ、ずっと」

滅多に感情を出す事の無い人の筈だったのに、今の彼はどうだろうか。
あまりに唐突で、でも、心の何処かで愚図っていたもの。

「・・・・・・私は」

正直、どうして私が此処にいるのだろうかとさえ、思う。

そんな事を考えながら、目の前のダンボールを開く。徐々に作業が進む中、彼は振り返る。

「早くしないと、寝れないぞ。奥さん」


おわり
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