正夢絵本
1 黒の本
突然の雨だった。
いや、今朝の天気予報で雨が降りますと言ったかもしれない。折りたたみ傘を持っていくと良いでしょうと言っていたかもしれない。
どしゃぶり雨。季節は夏。夕立かもしれない。
道を行き交う人たちが鞄から折りたたみ傘を出し始めた。色とりどりの傘の華が咲いていく。そうかと思えば鞄等で頭を覆い走っていく者もいる。
しかし吉野沙耶はどちらとも属さず、近くの軒先に避難した。
濡れた髪や服をハンカチで軽く拭い去ると軒先の奥に広がる様子を伺った。中にはずらりと沢山の本が列んでいた。
看板を見ると、随分と古ぼけており所々はげかかっていた。それでも看板の文字はどうにか読むことが出来た。
『寺田書店』
沙耶はその店の中へと入っていった。
店の中は静けさを保ち、店の隅からは一定の間隔で上から下へと雨漏りがぽつん、ぽつんと音を奏でていた。
客人はいない。
店の奥では店主が老眼鏡をかけているにもかかわらず、目を細めて新聞を読んでいる。
沙耶は店の中を一通り見渡すと、ただの本屋ではなく、ここが古本屋であることを認識した。