天国と地獄の境界線がなくなる前に僕はもっとやるべきことがあったのかもしれない
 ネットが電話回線とケーブルTVの回線だけになり、まだとぎれとぎれでありながらも機能していた時のこと、こんな情報を見つけた。【コンビニやスーパーのものを大量に持ち帰ろうとすると鬼が現れる】というもの。

 人や物が多いところに鬼は出現するということらしい。

 これがどういうことなのかと考えてはみたが、結局はモノのあるところに人が集まるわけで、通貨の価値がなくなってもモノによる支配関係やグループというのは成立するわけだ。

 つまり鬼はモノが多いところに出現するのではなく人が多いところに現れるということ。

 実際の生活はというと電力会社の自動運転により、燃料がつきるまで、およそ5年ぐらいはもつといわれておりそれほど問題はない。(地域により完全停電はあるらしいが、節電とかって何だったんだろうとか思う)

 TVもカメラを1台の生放送ってのが限界で、放送中に何度も鬼に襲われて映像がとぎれた。

 インターネットは電話線によるダイアルアップ接続とケーブルTVの回線だけは地域によっては使用可能で、まぁ90年代のような本当のマニアだけが使う古き良き時代に戻った。

 鬼の研究をしているページも沢山あったがほどんどのサイトはしばらくすると更新完全に止まった。中でもどこかの大学の教授の作った「鬼の生態」というサイトでは感心するような一文があったのでここに引用する。“地獄で人間を苦しめることを仕事にしていた鬼達が地上に出て来て、まず鬼に刃向かう人間というに鬼が一番に驚いたのではないか、鬼達の表情を観察していると困惑しているようにも思う。それに地獄においては人間は悲鳴を出し苦痛にまみれようが死ななかったのに対して、地上の人間は簡単に動かなくなる。この、拷問に対して動かなくなってしまう人間に彼らは一番困惑しているようにも思う”

 学者先生の文章は読みにくかったが、この仮説の一文だけはやけに砕けた文章であった。まぁ鬼にとっても迷惑な状況ということなんだろう。この文章を見てから動画を見るとたしかに首をかしげているようにもとれる。

 今生き残っているほとんどの人が、ぼっちなのかなぁ。

 この状況というのは拷問を受けているようで、生きながらにして死んでいるような状態であり、鬼には見つからない。つまりぼっちで生活しているその姿は、鬼にはまじめに石を積み上げたり、針の山を登っているようにしてるように見えるのだろう。ははは。望んでたのはこんな世界の終わりじゃないのにな。なんて思っていると、空中ただよう天使ちゃんが僕に向かって話しかけてきた。


「おまえみたいなそういう発想のやつらが今のこの世界を作ったんだよ。もっと希望を持てよ。よーし! 鬼をやっつけてヒーローになるぞー! とかさぁ……」

 はぁ? なに言ってんの? この肉。

「勝てるわけないだろ? はしゃいだら殺されるんだぜ、それ見てさ、おまえらいつもケタケタ笑ってるだけじゃねぇか」

 枕をひょいと投げるも、半透明の彼だか彼女のカラダを突き抜けて床にボタリと音を立て落ちた。

「あのさー。そういうのも、もう飽きたんだよね。なんかおもしろいことしろよ」

「世界の終わりが見れて十分面白かった。ぼくはね」

「本当か?」

「そうさ、望んだのと違うけどね。もっとこう一瞬にしてパッと痛みもなく全てが消えさる……ってわけじゃなかったけど……」

若いのか若くないのかおじさんだかおばさんだかわからない小太りの顔は目を細めて頷いてる。それがとにかくイライラする。

「いいからさ、あっちいってろよ、仲良くなんかしてたら鬼が来るかもしれないじゃんか」

「寿命を全うするってのはそういうもんなんかんねぇ? ぼくらは死なないからよくわかんないけどさ、人間ってのはせっかく死ぬんだからさ。なんていうのかな。死ぬまで生きようぜ」

「何が死ぬまで生きようぜニコッだよ。いいからどっかいけって」

なんて、ひさしぶりの自分以外の人間ではないけども何かとの会話にうきうきとしたものが心の底に芽生えたような気もしたが、目の前は天使はニコニコしながら僕の後ろを指さしており、ふりかえるとやっぱり

ほら鬼が出た。後ろに。


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