短編集
 あの惨劇の場以外、森に変化はない。犯人はまだ何処かで俺を狙っているのだろうか。それにしても、俺を狙っているのは本当に九尾狐のヴィクセンなのか? 奴は嫉妬だけで自尊心を捨て、人間の武器さえ使ってしまう様な妖怪なのか。


 『若輩者』は未だにふよふよと気のない飛び方をしていた。しかし俺たちはこれでも急いで森を出ようとしている。河童池に行けば百鬼夜行の実行委員や参加者がいる。そこで殺しを行うと昔のヴィクセンの様に百鬼夜行の参加を永遠に剥奪されてしまう。犯人は定かではないが、百鬼夜行の為に俺を殺そうとしているくらいだ。よほどの娯楽好きだと見える。それが楽しみを奪われるような真似はしないだろう。



「池はまだかよ、若君」



 河童池の百鬼夜行。そういえばヴィクセンの百鬼夜行への参加はどうなったのだろうか。やはり許可されたのか? それとも実行委員は拒否し続けているのか。もしくはあれは単なる噂なのか。



「『レフト』聞きたい事がある。ヴィクセンは百鬼夜行に参加したいが為に全ての妖怪に忠誠を誓ったそうだな。実行委員は参加を許可したのか?」


「……いえ、その様な話は聞いていませんが」



 百鬼夜行に正式な招待を受けるのは百人だ。それ以上でも以下でもない。参加権がないのなら誰かの席を奪って――か。ヴィクセンは本当に俺の席を狙っているのだろうか。出会った事も話した事もない俺を、殺そうとしているのだろうか。



「若君、近道を。こっちです、すぐ森を抜けられます」


「あぁ、急ぐぞ」



 会場に入ってしまえばいい。そうすれば殺されない。実行委員に言って犯人を捜してもらい『からす』を、ラーテンを弔ってもらおう。そうすれば――俺が殺されなくても――全て丸く収まるはずだ。俺は片手の『からす』を一瞥してゆっくりと息を吐いた。

 河童池への近道を通る為、少しだけ荒れた茂みを進んだ。森なのだから荒れているのは当然かも知れないが。そして広い場所に出そうになった時。俺は突き飛ばされてしまった。

 ――怪我をしているはずの『レフト』に。



「おいっ」



 俺はそのまま後ろを飛んでいた『若輩者』と共に森の茂みへ戻ってしまう。どういうつもりだ。枝で腕やら頬を傷つけてしまった。音もなく頬を伝う鮮血。ひりひりとした痛みが付きまとい始めた。俺はため息をついて、立ち上がろうと地面に手を着く。だが地面に着く前にそこに転がっていた何かに触れた。

 細長い暖かいもの。肌色。首。艶やかなうなじ。反対側には女物の着物を着た身体が転がっている。

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