短編集
「……アルフ」
ろくろ首だ。
どうしてこんな所で転がっているのだ。いつもならそんな事を言って素通りする所だが、今回はそうはいかない。美しい着物の反対側。長い首の先には整った顔があり、その額には穴が空いていた。撃ち込まれたのだ、銃弾を。ヴィクセンか? いや、それにしては数が多い。森の奴らと言い、アルフと言い。狙われていたのは俺だけではないのか。
「逃げなきゃいけない、若君」
小さな声で『若輩者』が言った。何を言っているのだ。ここまで来て何処へ逃げると? 百鬼夜行の実行委員にヴィクセンの事を知らせなければいけないのに。森の異変もアルフの事も知らせなければいけない。
いつの間にか隣に来た『若輩者』は俺よりも少しだけ上を飛び、茂みの向こう側の様子を伺っていた。逃げなきゃいけないと言う割りには先を見ている。その癖先へと進もうとはしない。奴の顔色は、酷く、悪い。
「おい、早く池へ」
「若君、逃げよう」
「何を言ってる、ここまで来て」
「嫌ならすぐに頭を下げろ!」
何事かと思った。奴は俺に命令した挙句に、自分の全身を使って俺の頭を地面に沈めたのだ。頬が地面に摺れる。切れた傷跡が余計に血を流した気がした。痛い。そう文句を言ってやろうと『若輩者』を見上げた時「やめろ!」と叫ぶ声と共に、耳をつんざく何発もの銃声が耳に届いた。
奴の顔色は最早ない。青白くもない。
「あいつらっ」
「おい、何だ」
「あいつらコーラルを撃ちやがった!」
「何だと?」
あいつらとは誰だ。そう質問する前に『若輩者』は茂みの外へ飛び出して行く。俺はその後を急いで追い掛けた。が、飛び出した瞬間、俺の命運はここまでかと覚悟した。
何十もの妖怪がこちらを見ていたのだ。百鬼夜行の参加者だろうが、どう考えても早く着いてしまったと言う風ではない。奴らは鋭い爪や牙をむき出しにして俺を眺めていた。まるで獲物を狩る時の様に、薄ら笑いをその口に浮かべて。
「コーラル!」
その妖怪たちの端に銃弾を受けた『レフト』がいた。『若輩者』は彼を抱えて声にならない言葉を叫ぶ。いつどこから攻撃を受けるか、銃で撃たれるか分からない。全ての妖怪の手元が見えている訳ではないのだ。だが俺は出来るだけ心を落ち着かせて辺りを見渡した。
敵は一人だと思っていたのだが、とんだ勘違いだった様だ。九尾狐のヴィクセンは満足気な顔をして妖怪の群れの前に出てきた。ついでに、ラシードまで隣にいる。