短編集
あのヴィクセンが全妖怪に忠誠を誓う。百鬼夜行の実行委員は本気でそれを信じたのだろうか。奴は何千年と生きた妖怪だ。ヴィクセンの思考など誰にも読む事は出来ない。それに百鬼夜行から追い出されて千年、奴がどれほど妖怪を恨んだか。その時代に生きていない俺でも分かる事だ。
何せ、あれは妖怪の唯一の楽しみなのだから。
「その条件を守るなら百鬼夜行の参加を認めると、実行委員は言ったんだ」
ラシードは言った。
「賛成したのか」
「過半数はな。だが参加者は既に決まっていた」
ヴィクセンが参加出来る席は既に残っていなかったのだ。裏取引をした百年前も、今も。だから奴は百年前と数時間前に同じ事を言ったのだそうだ。『誰か嫌われ者はいないか』と。そこで上がった名前がハールーン、俺だ。
幾人かの妖怪に言わせれば、俺は毎回祭りだけを楽しむ愚か者なのだそうだ。きっと河童が言ったのだろうな。ラシードは続けた。
「天狗がわずか七百歳で死ぬ訳がない。席は譲られないはずだった」
「で、俺の暗殺計画が出たのか」
「あぁ。ヴィクセンを仲間に入れた過半数の妖怪が仕組んだ。最も、ヴィクセンは百年前からお前を標的に選んでいたがな」
ラシードが俺の住処に来たときに「百年も苦労したのに」と言っていたが、あれはこの事だったのか。百年間、ヴィクセンの忠誠を疑い続け、俺を暗殺から助け出そうとしてくれていたのだ。
「俺は百年前、ヴィクセンの参加許可の話が出てからずっと妖怪たちに言っていたのに。狐はいつか俺たちを裏切ると。だが誰も耳をかそうとしなかった」
『レフト』と『からす』の事で頭が一杯だった『若輩者』も、その他の妖怪たちも今はラシードの言葉を聞いていた。誰一人としてラシードの言葉を遮る輩はいない。この中には俺を嫌っている奴がいる。だがそうじゃない奴もいる様だ。この先自分たちはどうなってしまうのか、誰にだって分からない。俺やラシードが殺されるのか、あるいは。
「ラシード。お前はなぜ俺に逃げろと言わなかった」
「誇り高き天狗が無い尻尾巻いて逃げる訳ない。でも一応伝えようとはしたんだ。狙われてるって事だけでも。四、五人の妖怪を使いをやった」
「四、五人、か」
なるほど。森の死体はその使者だったのかも知れない。だが俺に逃げろと言う前に、狙われていると伝える前に暗殺部隊によって殺されてしまったのだろう。
ふと、ラシードはぱちんと指を鳴らした――それが合図だった様だ。ぞろぞろと人間たちが姿を現した。数は見ただけで分かるくらい妖怪を上回っている。そして彼らの手にはさまざまな武器が握られていた。まるで妖怪でも退治しに来たみたいだ。