短編集
「お前を守る為には、こうするしかなかった」
何と。人間たちは天狗のラシードの傍に寄って行った。俺は少しだけ気味が悪くなって一歩二歩と後ずさる。自らの力を過信している妖怪たちは、自分たちの滅亡の危機にまだ気が付いていないらしい。呆気にとられて人間たちを眺めるばかりで、他には何もしようとしない。
人間は妖怪を見るだけで殺そうとする。だから逃げる為に、争いを避ける為に、自らの身を守る為に百鬼夜行と言う会議が設けられた。だがその実行委員であるラシードは今、妖怪を裏切って人間と手を組んだのだ。人間たちは勿論ラシードの事を知っているらしい。九尾の狐や女郎ぐもに目を走らせては、少し怯えた表情をしている者もいるが、一部は強い視線を妖怪たちに送っている。
奴らは間違いなく俺たち妖怪を殺す気なのだ。
「人間と手を組んで得する事はないぞ、天狗の若造」
諭す様に言ったのはヴィクセンである。九つの尻尾を操りながら妖しく笑んでいる。その丸い金色の瞳に恐怖は無い。むしろこの状況を楽しんでいる様にも見える。何千年も生きた妖怪には、恐いものなんて無いのかもしれない。
「お前も友なら若造を止めてやれハールーン」
「黙れ。森からずっと俺を殺そうとしていたくせに」
ヴィクセンは笑みを消さない。
「殺そうとはした。だが私の暗殺部隊は森には入っておらんぞ」
何を言っているんだ。森で殺そうと銃を放って来たくせに。しらばっくれるつもりか。俺の手下の『からす』を殺したくせに。
俺が目尻をひくつかせると、ヴィクセンはようやく笑みを消した。そして恐ろしい程真面目な顔をして「分からんか」と一言俺に告げるのだ。だが分かるわけがない。自分を殺そうとした奴の事を分かってやれる程、俺は優しくない。
そうこうしているうちに、何匹かの妖怪が奇声を上げた。そして奴らは人間に向かって攻撃をしていく。人間も負けじと持っている武器を使い応戦する。だが妖怪が負けるのは目に見えていた。妖怪の爪はどう頑張っても人間の銃弾には遠く及ばない。妖怪の牙は藤頑張ったって人間の刀には勝てない。妖怪は数だって劣っているのだから。
しまいに双方、総動員での争いが始まってしまった。
ヴィクセンは誰よりも多く人間を殺したが、誰よりも多くの人間からの一斉攻撃を受けて死んだ。女郎ぐもも、首なしも、雪女も、火車も、誰も生きていない。殺されてしまった。数人生き残った人間と二人の天狗以外は死んでしまった。こんなに騒がしい百鬼夜行は初めてだ。なんて楽しくないのだろうか。