短編集
「俺の手下の仇を人間に殺させるのは勿体ない」
「ハールン、何を」
「俺の命を守った友が人間に殺されるのも嫌だからな」
「ハールーン!」
「俺が殺してやるよ」
人間が銃を撃つ前に、俺はラシードの手首を掴んだ。そしてゆっくりと全身を使って奴を引っ張った。後ろに倒れる反動は止まるはずもなく。奴を道連れに俺は、轟々と唸る池の中へ身を投げた。待ってましたとばかりに池は俺とラシードを飲み込んでいく。河童の池がどれだけ深いかは知らない、どうやらもう生きて上がる事は出来ないようだ。水が足に絡み付いていく。
ラシードは人間の裏切りには最期まで気付いていなかった。考える前に俺が引き込んだからだ。ならば俺が裏切ったと思うだろうか。仲間を裏切って、百年かけて助けた友に殺されたのでは、奴は化けて出てしまうかもしれない。だが奴も百ほどの妖怪の血を浴びた身だ。文句は言えまい。同様に、嫌われる行為をして殺されかけた上に、友を巻き込んで自殺など馬鹿げた真似をする俺も、文句は到底口に出来ない。
だが冷たい水は俺と奴から血を洗い流してくれたに違いない。河童の池に飲まれながら、俺は目を閉じた。息苦しさより、手下を守れずこんな惨事を引き起こした自分のふがいなさの方がよほど苦しい。冷たく暗い空間の中で、俺は消えていく怖さを痛感した。
(END)