短編集
01
「キミ、俺がいないと生きていけないんじゃない?」
俺はある女にそんな台詞を吐いた事がある。
嫌味で言った訳でもなければ本心で言った訳でもない。どうしてそんな言葉が俺の口から出て来たのか、今考えても不思議である。
だけど、とにかく。ある女と口喧嘩をした時に出てきたのがその言葉だった。女はその言葉を耳にした途端、俺を鼻で笑い飛ばして鞄を手にして出て行った。同棲していた訳ではない。でもその日は一緒の部屋にいた。
口論のきっかけも内容も覚えてない。きっとどうでも良い事だったんだと思う。思い出せないと言う事はきっとそうだ。
だけど今考えると、あの言葉は俺の口から発せられるより、彼女の口から出た方がよかったかもしれない。俺は彼女がいないとろくに飯も食わないし、部屋も片付けられないし、何処に何があるのかも分からないのだから。
服がなくなると困るから洗濯だけはするけれど、俺の洗濯機の使い方が正しいかどうかは分からない。多分間違っていると思う。この前は服に洗剤がついて取れなかった。
全てのルールは彼女が握っていた。全ての秩序は彼女が護っていた。全ての物は彼女の支配下にあった。勿論、俺も。
だけどきっと、この知らせを聞いたらキミは泣くだろう。
「アンタの彼女の荷物、貰いに来たんだ」
――だってキミはもう二度と、俺の傍には居られないのだから。
「荷物って言うか、俺が欲しいのは、物、一つだけなんだけど」
彼女の知り合いだと名乗る男は突然やって来て、そう告げた。ぐたっとしたシャツを着ている一見するとだらしない感じの男だった。
「悪いけど、探して来てくれないか」
「いいですけど、何を探せば良いんです」
「黒で、二十センチくらいの、固形物」
「もっと、具体的に言って下さい」
「あんまり口に出しちゃいけないものなんだ」
「でも、言ってもらわないと探せませんよ」
「あぁ、そうだよな」
名前も知らない男は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
どうでも良いが人の部屋の前でしゃがみ込むのは止めて欲しい。これをアパートの住人が見たらどう思うだろうか。立ち尽くしている俺は気分の悪い男に手の一つも貸さない血も涙もない奴。そう見えてもおかしくない。
だけど俺はそれを回避する術を持ち合わせていなかった。だからしゃがみ込む男を、ただ見つめていた。
つむじが見える。黒髪だ。シャツはしわだらけなのにとても白い。黒いコートは季節を感じさせない。背は曲がっているけれどきっと身長は俺よりも高い。細身だけどひょろくはない。どこか違和感を覚える風貌なのに嫌な気はしない。むしろそれとは逆に親近感さえ沸いてくる。
なんだろう、この男は。
「なあ、」
――ごち。
「あ、いて」