短編集
01
「俺は……お前を、助けたかっただけなんだ」
後ろは池、それも先ほど河童が暴れたせいで酷く渦巻いている。前には百を超える妖怪の群れがあり、左右には狐と蜘蛛が構えている。そうして俺は、三つの大事なものを失った。奴はと言えば、まだ分かっていないらしい。誰も助かりはしないと言う事を。
【裏切りにより、死に沈む】
目をあければ真っ暗だった。ここはどこだ。一瞬、自分の居場所が分からなかった。だけれど数秒もすれば自分が眠っていた事に気付く。そしてここは山奥の洞窟。俺の住処だと言う事も。
「あぁ」
ため息を吐くと暗闇の中で切れ長の黄色い目がぎらりと光った。六つ。三人分である。それらは一度俺の方を見ると、一組だけを残して伏せた。
そして疲れた様な声がする。
「若君、目を覚まされましたか」
その声をきっかけに俺の意識は完全なものとなった。
奴はからす天狗。さっきの六つは全部そうだ。からす天狗はわずか六十センチ程の小柄な輩で俺たちの類に属する。そう、俺たち天狗の仲間だ。
大抵のからす天狗は無口で従順だ。狩りが下手だから誰かの手下になり飯を食わせてもらっている。昔からそうだ。俺の住処に住まう三つにからす天狗も俺の手下。他のからす天狗に比べても狩りは格段に下手だが、強情かつ反抗的な態度しか取らない。その強情さに嫌気がさした他の妖怪共に切り捨てられ、俺の所に来たのだろう。これは大昔の話になる。その時、奴らは餓死寸前だった。
今声を上げたのは三つの中で一番歳の食ったからす天狗だ。しかし俺の足元にも及ばない。まだわずか五百歳程度の若造だ。
「まだ夜中ですよ」
「見りゃ分かる。こんな真っ暗な昼がどこにあるんだ」
「ならお休み下さい」
「目が覚めたんだ。外はどうだ」
「どうもこうも。まだ変化はありませんよ若君」
変化なし。それもそうだ。この場所、俺の住処は人間に見つからないために山奥の隠れた洞窟の奥にある。人は妖怪と聞けば話も無しに退治に来るから困る。変化はなくて当然だ。だが、そろそろ変化があるはずだ。そういう時期に来たのだ。俺はそれを待って寝てしまっていたのだ。
「この百年、変化なんてねぇでしょ」
もう一人のからす天狗が口を出した。奴は齢二百の一番の下っ端だ。三つのどれより血の気が多く反抗的。憎まれ口を叩く天才で、いつも一番上の『からす』に口うるさく怒られている。
「百年前にラシードさんが来ただけ」
「そうだったか」
外に変化はまだないらしい。俺はまたゆっくりと開いていた瞼を閉じた。