短編集

「嘘つけ」


「本当ですよ」


「なら何でトロフィーがないんだ?」


「そういうのは全部実家に置いてあります」



 何のためらいもなく嘘を口にしている様を考えると、俺は割りと口が上手かったらしい。まあただの嘘つきとも言えるが。

 俺の嘘を信じた男は答えに納得して何度か頷いていた。俺は一旦男から目を離して台所へ行くと、万が一の事を考えてか、無意識に包丁の在処を確認した。男が俺を無用心だと言ったので、少しばかり用心してみたのだろうか。

 勿論これをどうこうするつもりなんてないし、やるにしてもそれを実行するだけの意気地を俺は持ち合わせていない。そんな事より。



 俺は茶を入れようと台所へ来たのだ。だが茶を入れる前にそれが何処にあるのか分からない。コップや湯のみはそこら辺にあるから分かるのだけど、ティーポットとかきゅうすが見当たらない。俺は仕方なく偶然見つけたティーパックを二つ取り出してコップに入れた。

 ポットの湯は沸いていたから、それを注ぐ。紅茶が出来た。



「あの、そういえばお名前は?」



 そんな事を言いながら、俺は男に紅茶を差し出した。それと同時に汚かった机を少しだけ整理して見栄えの良い状態に戻してみる。勿論、風景はあまり変わらない。だがまあ、気持ちはマシだ。



「頃下神治」

「ころした、しんじ?」


「物騒な苗字だろ。お陰であだ名は死神だ」


「じゃあ、名前のしんじは神の字ですか」


「あぁ。だが名前負けはしてないつもりだよ」


「へぇ。何だか凄いですね」



 あだ名とは言え、死神がうちにやってくるとは。



「あんたは?」


「相沢です。相沢宮城」


「みやぎって、苗字みたいな名前だな」


「よく言われます」



 紅茶を一口喉に流した。そこで俺は砂糖を入れていなかった事を思い出す。だが入れるにも砂糖が何処にあるのか分からない。隣の男も紅茶を飲んだが何一つ文句を言わなかったので、俺は砂糖を入れるのを諦めて苦いまま飲む事にした。


 さて、と立ち上がったのは男が先だった。



「探すか。あんたも手伝ってくれ」


「勿論です。黒くて、固形物で」


「二十センチくらいのやつだ」



 俺は改めて、そんなものそこら辺に転がっているのではないだろうかと思ったが部屋を見渡してみてもそんなものは何処にもなかった。黒はある。固形物もある。二十センチくらいのものも幾つかあるが、三つを兼ね備えたものは見る限り、ない。

 俺は物の名前を聞く前にとりあえず三つの条件に当てはまるものを探してみることにした。とは言っても、何処から探そうか。

< 20 / 69 >

この作品をシェア

pagetop