短編集
――口にする。
もしかして男が言っていた「あまり口にしてはいけない」とはそういう意味なのだろうか。言葉にしてはいけないのではなくて、食べてはいけない。
となると探し物は台所にあるのかも知れない。俺は男の後を追って台所へ足を踏み入れた。ここの床は割りとすっきりしている。散らかっているのは流しだけ。食器とコップが残念なくらい山積みになっているのだ。一部には割れている食器も見受けられる。
改めて客観視すると酷い有様だ。
「宮城くん、料理は得意?」
「得意ではないです。出来ますけど」
料理はレシピがあればそれに従うだけだから楽で良い。俺の舌は肥えていないからシェフみたいな腕はいらないのだ。
あぁ、でも彼女の舌はとても肥えていたな。レシピ通りに作るから俺の料理は進歩しないんだ、と怒られた事があった。だがそう言う彼女の料理も味気なかった記憶がある。
レシピにプラスアルファ何か調味料を足しているらしいのだが、一度だけコンクリートの様な味がした事があった。作ってもらった手前俺は大口を開けて文句を言う事が出来なかったが、彼女は遠慮をしらなかった。
自分のコンクリート料理の事は棚に上げて俺のノーマル料理にいつもケチをつけていたくらいだ。でも俺の料理は残された事がない。俺も彼女の料理を残した事がない。
……あのコンクリート味も頑張って完食した。
「ないね。せっかくだから洗い物でも手伝おうか?」
「とんでもない。後でやっておきますから」
「そう? なら戻るか」
男は流しを名残惜しそうに見ながらリビングへ戻って行った。俺はその後をただ着いて行く。
男がこの部屋に来てから三十分くらいが経っただろうか。一向に物が見つかる気配はないし、男が物の名前を言ってくれる気配もない。ちなみに俺の推理も進んでいない。
男は息を吐いて最初に座った場所に再度腰を降ろした。そうして冷めた紅茶を飲んで喉を潤す。俺はそれに倣ったが、喉には紅茶の渋みだけがこびり付いて喉を潤すと言うよりは痛めつけた感じになった。
だが男は紅茶を飲み続けている。
「彼女、いつから来てないの?」
男が唐突に言った。いつから――だっただろうか。気付けば来なくなったと言う感じだからいつから来ていないと正確に答えるのは少し難しい。多分、一ヶ月は来ていないと思う。いや二ヶ月か?
「まあ、見た感じ長いみたいだな」
「えぇ。二ヶ月くらいは来てません」
「連絡は?」
「ありませんよ」
「心配じゃないのか?」
心配、普通はするのだろうか。彼女は割りと面倒臭がりで大雑把だからメールも電話もしない時は全くしない時期があった。だから一ヶ月、二ヶ月連絡が来なくても何ら不思議に感じなかったのだが男の口調から察するに、これは少し可笑しいのかもしれないな。
「分かりません。俺、恋愛には疎いので」