短編集
ついさっき出た見解を男に告げようとした時、リビングの机の上に置いておいた携帯が光った。音もなく震えもない。だけど確かに青く光っている。
青色は誰だったか。
俺は言いかけた言葉を飲み込んで携帯を手にすると、男に小さくすいませんと一言告げてから折りたたみの携帯電話を開いた。そして、ディスプレイに出た名前を見て、静かに通話ボタンを押した。
「もしもし」
もしもし、とオウム返しの様に言葉が聞こえてきた。
たった三ヶ月会っていないだけで懐かしい気がする。風邪でも引いているのだろうか。久しぶりに聞いた彼女の声は、少しだけ涸れていた。
「どうしたの?」
なんて、ありがちな言葉をぶつけてみると、彼女は電話の奥でくすくすと笑って「元気?」と聞いて来た。俺はどこも病気をしていないし体調も悪くないから、彼女の言葉をオウム返しにした。
「元気――だけど。あんまり食べてない」
彼女との通話は長く続かなかった。オウムの続きを口にすると彼女は楽しそうな声で「じゃあご飯でも作りに行くわ」と言ってくれた。あぁ、でもお客さんが来てるんだ、なんて男の事を何て紹介しようか迷っていた時、男が彼女の荷物を取りに来ている事を思い出した。
だからその旨を彼女に告げて荷物の在処を聞き出そうとしたのだけれど。彼女は「すぐに行くわ」としか言ってくれなかった。しかも、通話はそれきり勝手に切られてしまった。
「今の、彼女?」
男は問う。
「あ、はい。ここに来るみたいです」
「……そう」
口元に笑みを浮かべた男はカレンダーを見てから部屋の時計を見て、それから自分の時計を見た。急ぐ用事でもあるのかと聞こうとしたが男から何かを言ってくる気配がなかったので止めた。
一分、二分と時間が過ぎていった。もどかしい。今から彼女が来てくれると言うのに、今すぐ彼女に会いたくなった。男と二人でいる時は何も感じていなかったのに、彼女が来ると分かってから無性に腹が空いて仕方がない。今まで食欲なんてなかったのに。
「あの、俺、彼女を迎えに行ってきます」
「あぁ、なら俺も行こうか?」
「いえ。すぐですから」
「宮城くん、俺のこと怪しんでないだろ」
「勿論です。だって彼女の知り合いなんでしょう?」
俺がそう言うと男は声を出して笑った。そうして紅茶を一杯だけおかわりさせてもらうよ、と言って台所へ向かった。俺はその間に玄関の鍵をひったくって「いってきます」なんて見知らぬ男に告げて部屋を出る。
アパートの階段をたんたんたん、とリズムをつけて降りていき、とりあえずは彼女が来そうなルートを使って駅への道を走ってみた。幾つかの路地を越えて、大通りを抜けて。駅についてから改札の前で彼女を探してみた。
だけれど見つからない。
もしかしてすれ違ってしまったのだろうかと俺は持って来た携帯を手にして彼女に電話をかけようとした。
そうしたら、彼女から電話がかかってきた。