短編集
俺の質問には答えてくれるのにそれ以上の事は何も言ってくれない。俺の頭は質問を考えるのに手一杯で、答えを理解する力はどこにも残っていない。
どうせならもっと分かりやすく言ってくれれば良いのに、俺には男にそれを言う気力もなかった。
「本当は殺したくなかったよ」
俺はようやく男を振り返り、両の目で彼を捕らえた。黒のコートについた彼女の血が今回の犯人を物語っている。この男が彼女を殺してしまった。俺は彼女がいないと生きてい
けないと言うのに。
「彼女を信じてたんだが」
「嘘をつかないで下さい」
「本当だ。俺は彼女が今日までに宮城くんを殺すと信じてた」
「俺は生きてます」
「見りゃ分かる」
「どうする気です、俺を」
「別にどうもしない。宮城くんには興味がないからな」
俺は男の手にある黒くて二十センチくらいの固形物を見た。それは三ヶ月前、彼女の手に握られていて、俺のこめかみに押し付けられていたものだった。
彼が探していたのはそれか。確かに全ての条件を呑み込んでいる。どうして気付かなかったんだろう。あんなにも俺の脳裏を過ぎっていたと言うのに。そうしたら彼が危ない奴だと気付く事が出来たかも知れないのに。
「今日、彼女が帰って来なかったら」
「殺さなかっただろうな」
どうしてだ。それじゃあ、賭けにならない。
「言っただろ。俺は彼女が好きなんだ」
好きと言う言葉はこれ程におぞましいものなのか。
「彼女が宮城くんを捨てるのなら彼女を殺す理由がなくなる」
「アナタが彼女を殺す理由って」
「好きだから。もし他人の物になるのなら、その前に殺したい」
「じゃあ、俺がいなければ」
「彼女は生きていた。俺の隣で」
そんなものただのエゴじゃないか。
「――でも彼女は」
「アンタを選んだよ」
「――だけどもう」
「死んでしまったな」
「――じゃあ」
「アンタも逝くか?」
言葉と共に男の手にあった黒い二十センチくらいの固形物が俺を睨み付けた。彼女の身体を貫いたその弾はきっとまだ数発残っているはずだ。それで俺が彼女の元へ行くのか。
それも良いかも知れない。
だけど、このままじゃ彼女の死が無念すぎる。
「俺は、死ぬ前にアナタを殺したい」
「じゃあ俺は殺される前に宮城くんを殺そうかな」
俺の目の前にいた死神が微笑んだ。
(終)