短編集
「いらっしゃいませ。今日は私用で? それとも、また?」
階段を上りきって重い扉を開けた先にはカウンターがあった。そしてそこには家出人捜索で顔馴染みとなってしまったアルバイトが一人座っている。
彼は利用者リストを右手に、会員入会書を左手に持っていつもと変わらない対応をした。会うのはこれで三度目だが、やはり落ち着いている。初見と印象は変わらない、大人しい男だ。
「また、の方だ。リストを借りるぞ」
「……どうぞ」
森下さんはリストを受け取ると、バイトくんに愛想良く笑いかけた。彼はバイトくんの事をたいそう気に入っているのだ。
前回も、俺が家出人を探す傍らで無駄口を叩いて彼と盛り上がっていた。まあ、俺には関係ないが。リストを入念に眺める彼を見ながら、俺はそんなどうでも良い事を考えていた。
「御崎静香、あったぞ」
リストから彼女の名前を見つけた森下さんは、俺に紙を預けて先に奥へと向かってしまった。俺は入り口で待機する。この位置は家出人が逃げ出した時に確保する役目、と森下さんは言っていたが真偽は定かではない。
此処には非常口も幾つかある様だし、入り口だけを見張る利点が俺には理解出来なかった。
「いつも、ご苦労様です。えぇっと、お名前は?」
「……え? あぁ、木崎です。木崎一」
「木崎さん、俺は林田です」
以後宜しくお願いします、と三度目にして丁寧な挨拶をしてくれた彼の名前は、やはり三度目にして初めて知ったものだった。
俺は彼に小さく会釈をする。それにしても捜査関係でしか此処を訪れない俺と以後宜しくするのは、あまりよろしくない気がするのだが。
林田くんが何かを喋り出そうとしてすぐ、森下さんが御崎静香を連れて入り口の方へ戻ってきた。家出人を簡単に発見出来たと言うのに何だか暗い顔をしている。彼は俺の方を見ずに「行くぞ」と呟いて、さっさと扉を開けた。
俺は手にしていたリストを林田くんに返して、いつもは森下さんが言う台詞を言う。
「お騒がせを。捜索の協力、感謝します」
とっとと階段を降りて御崎静香を後部座席に押し込んだ森下さんは、そのまま彼女の隣に納まってしまった。
いつもなら運転席を譲らない癖に。
俺は仕方なく運転席に乗り込んでシートベルトを装着する。後ろでは早くも森下さんが、今までの経緯とこれからの事を御崎静香に伝えていた。エンジンをかけて出発の準備を整えた俺は他にする事も思いつかず、森下さんの説明を聞いていた。
まず森下さんは手帳を出して自己紹介をする。俺はそれに続いて所属と名前だけを言い、ミラー越しに小さく頭を下げた。それから彼は失踪届けが出された事、両親に話を聞きに行った事などの経緯を説明し、最後に失踪届け人に彼女が見つかった旨を連絡をしなければいけないとの通達を加えた。