短編集
疑問を解決しようと思って停車したはずなのに、これでは一生発進出来そうにない。俺の疑問は森下さんを経由して、倍に膨れ上がって返って来てしまった。
森下さんに聞くから悪いのだろうか。しかし黙って考えてみても、疑問は増えていく一方。その間にも御崎静香は状況を理解していく。飲み込みが早すぎる。妖怪なんて普通は信じられないはずなのに、彼女はそれすら一飲みにしたのだ。
対して森下さんは全てを理解しているのに、教えてくれない。未だに状況を理解出来ていない俺の心を読んで、馬鹿にした様にケラケラと笑っているのだ。
悔しいが、俺の脳はもう限界だ。
「なら、悩むのを止めて逃げれば良い」
「主語がない。何から逃げるんですか」
「ネズミだよ。百メートルくらい後ろに居る」
結局、主語を言われても分からない。ネズミとは何かの暗号か? 疑問はさらに増えたが、とにかく発進させろと森下さんが言うので、俺は再びサイドブレーキを下ろす事にした。
発進させて数秒。
御崎静香が小さく声を上げた。何かを言おうとしているらしい。俺は見えない「ネズミ」の手下に怯えながらも、その言葉を聞こうと耳を傾けた。少しでも情報が欲しいのだ。
この状況を早く理解したい。森下さんに幾ら心を読まれても、もう気にしない事にした。今さら繕ったってもう遅いだろう。パートナーを組んで何年経つか。
だがその話は触りも聞けないうちに終わってしまった。言葉の変わりに聞こえてきたのは彼女の悲鳴。どうやら後部座席の窓に何かが当たったらしい。それが何なのか、確認したくても俺には出来ない。何が起こったのか聞こうとしても、俺の声はやはり御崎静香の悲鳴によってかき消されてしまう。
「冗談きついぜ。あの女、発砲しやがった」
森下さんの声に、俺は隣を走る車に目をやった。黒のワゴン。運転席には銃を持った女。助手席は空だが、後部座席の窓にはスモークが貼ってあるから居るのか居ないのかは分からない。
今、確認出来るのは銃を持った女だけ。彼女は銃刀法と言う法律を知っているだろうか。許可を得ているのなら問題ないが、得ていたとしてもそれを人に向けるのは問題である。発砲するなんて、もってのほか。
あれがネズミの手下か? 人間にしか見えないが、此方に発砲した事を考えるとそうなのだろうな。御崎静香を狙っているのだ。
「ネズミの手下は正解だ。狙われたのは御崎静香じゃないがな」
「何ですって?」
「まあそれは後で良い、来るぞ」
「何とかしてくださいよ」
「それはこっちの台詞だよ。何とかしろ、木崎」
ふざけている。
運転している俺に何をしろと言うのだ。と、文句を言ってやろうと思った瞬間、俺は気づいた。
そしてアクセルを目一杯まで踏みつけて、車の速度を上げる。街中でのキックダウンは非常に危険だが、緊急事態だからやむを得ない。
スピードを上げたお陰か、隣を走っていたワゴンを少しだけ引き離すことが出来た。これは勿論、運転をしている俺にしか出来ない事である。