短編集
「よくやった」
森下さんは満足そうにそう言ったが、出来るならスピードを上げろと一言教えて欲しかった。思考をフルに回転させたせいで、疲れてしまったじゃないか。一応先輩なのだから、色々さとして欲しいとは思っていたが……そういう事じゃないだろう。
「さっき、御崎さんが狙われたんじゃないって言ってましたけど」
「あぁ、あいつら俺とお前を殺そうとしてたんだよ」
と、森下さんが言うという事は、彼らの思考がそう言っていたのだろう。それにしても、どうして俺たちを殺そうとするのだろうか。森下さんは何か勘付いているかもしれないが、俺に至っては今の状況すら理解していないのだぞ。
相手が森下さんの様に読心術を心得ていて、事情を理解している人が此処にいると分かっていたとしても、狙うならまずは御崎静香だろう。ネズミが殺したいのは彼女。
彼女こそ狙われるべきなのだ。
「お前、御崎さんを守る気あんのか」
「勿論。なかったら車止めてますよ。それより、このまま走って過ごせますかね」
「さあな」
「さあって、どうするんですか」
「大丈夫だよ、お前は殺されない」
「説明もなしに言い切るの、やめてもらえませんか」
「説明したらお前、死ぬ方に回るだろ。お人好しだから」
「俺はそこまで善人じゃありません」
サイドミラーに黒のワゴン車が映った。あっちも誰かを殺そうと必死でスピードを上げているのだろう。ミラー越しに近づいてくるのが分かる。俺はそれを受けて少しずつスピードを上げた。
「ど、どうしてスピードを落とすんですか」
御崎静香がようやく、悲鳴以外で怯えた声を出した。身体を前に乗り出してスピードメーターを見たらしい。森下さんが彼女の服を子どもの様に軽く引っ張って、座席へ戻した。シートベルトはいつの間にか外されていたらしい。まだ走っていると言うのに。
警察の前ではきちんと法律を守るべきだ。いいや、それ以外でも、か。
「考えがあるんだろうな、木崎」
「サトリなら読めるでしょう」
「期待するなよ。俺は単なる生まれ変わりだ。完璧じゃない」
俺は急に怖くなった。
俺と森下さんが狙われているのに、俺は死なない。なら、死ぬのは一体誰だ。
彼が単なる生まれ変わりと言うのなら、俺のこの考えも単なる推測として流した方が良いのかも知れない。深く考えてはいけなかったのかもしれない。
この世界に妖怪が、妖怪の生まれ変わりが蔓延っているのだとしたら、未来を予知する妖怪がいても可笑しくはない。それが俺たちの未来を、どちらかが死ぬ未来を見ていたら。
そしてそれにサトリが接触してしまったら。果たして男気溢れるサトリはどうするだろうか。
「森下さん、前田巡査からもらった情報って何だったんですか」
「前田からの情報?」
「一課から流れた情報ですよ。何だったんですか」
ワゴン車が少しずつ近づいて来る。だが俺は決してスピードを上げなかった。後部座席では御崎静香が慌てふためいて、スピードを上げてくれと懇願している。だが俺はその言葉を耳に入れず、森下さんの返事だけをひたすらに待った。