短編集
俺はようやく状況を飲み込む事が出来た。だがそれが合っているか確かめようにも、俺には森下さんの死を確認している余裕がなかった。運転を続けなければいけない。
そうでなければ俺は死ぬ。
運転手が消え制御をなくした車に乗っていては、御崎静香も死ぬことになる。俺はよくよく考えなければこの思考にたどり着けなかった自分が恥ずかしかった。森下さんは何度もヒントをくれていたのに。
怨霊と言えば復讐、ネズミの本当の目的はやはり御崎静香だったのだ。しかしただ殺すだけではいけない。自分の手で殺さなければ気がすまないのだろう。だから俺や森下さんが狙われた。運転手じゃない森下さんが一番に狙われたのは、殺しても御崎静香には何の害も与えないからだ。
俺ではなく、いつも俺が座る席に乗っていた彼が殺されたのだ。
「頭を下げていて。絶対に上げないで下さい」
運転手は死なない。
この森下さんの言葉は当たっている。ネズミの手で殺される御崎静香が事故死なんてしたら、洒落にならない。彼が運転席に乗らなかったのはこれだ。俺の単なる推測は当たっていたのだ。
俺が死ぬ未来を見た男気溢れるサトリは、俺の身代わりになったのだ。未来を変える為に、俺を生かす為に、か。
「御崎さん、犯人を見たんですか?」
「……犯人?」
森下さんの死はまだ確定したものではない。何度呼んでも返答はなく、反応すらないが。それでもまだ死んだと決めつけるだけの証拠はない。俺はただ彼の生存を信じ、御崎静香を守らなければいけなかった。俺は頭を推理に切り替える。
これ以上の発砲はないはずだ――多分、今の、所は。
「あぁ、えぇっと、ネズミを見たんですよね」
「はい。ネズミが人に変わる瞬間を見たんです」
「ひ、人に変わる瞬間?」
「そうです。だから、私、恐ろしくて家を出たんです」
まず連続殺人事件の足跡と御崎静香の見たネズミ。
このネズミは森下さんと今の彼女の言葉から推理すると怨霊を背負って生まれた鉄鼠、の生まれ変わりだ。そう考えればネズミは人であり、動物である。
だから四人の女性を殺す事だって出来る。動機がいまいち定かではないが、鉄鼠は三井尚吾と見て間違いない。彼は伝説の如く百日周期で人を殺しているのだ。
何故か……ネズミの姿を見たからか? 御崎静香が命を狙われる理由として考えられるのはそれしかない。そうだ。そう考えれば、他四人に共通点がなくても可笑しくない。偶然姿を見てしまったのなら、共通点なんてあるはずがないのだ。
俺は急ブレーキを踏んで道を右折する。ワゴン車は少しだけ遅れてそれに続いた。ようやく事の全貌を整理出来た俺は運転に集中した。
今すべき事は、御崎静香の保護と三井尚吾の確捕である。
「御崎さん、今から署に向かいます」
「警察署に?」
「このまま走り続ける訳にもいきませんからね」