短編集
俺はこれからの行動を脳内でシュミレートした。
まず署の裏口に車を着ける。停車した時点で俺は運転手として要らなくなるので、今とは違って殺されない様に気をつけなければいけない。俺が下車したらすぐに御崎静香の安全を確保。
それから銃を一発、地面か何処かの壁に向けて発砲する。それを相手への威嚇と署の連中へのサイン代わりにし、俺は犯人と対峙するのだ。相手は少なくても女一人。武器は銃。
他にもあるかもしれないが、余分な心配事を増やすのは止めよう。俺は適当に時間を稼ぐだけで良い。銃声がしたのだから、一人は必ず署から出てくるだろう。後は応援を呼んでもらえば良いのだ。
よし、上手く行く。
「署に着いたらドアを開けます。それまで頭は下げたままで」
「分かりました」
「絶対に、俺の指示に従って下さい」
「はい」
この件が終わったら警察なんて辞めてやる。俺はそう心に決めていた。
非日常に憧れた昔の俺はドラマみたいな刑事になりたかったが、これではなれそうにない。既に俺は非日常の中に居るのだ。ネズミやサトリの妖怪連中。こんなに脳が疲れた事はない。非日常はもういらない。早く日常に帰って、サラリーマンにでも転職しよう。
そんな事を考えていたら、車は警察署の裏側に着いた。警官のガレージと化しているが、パトカーは一台だって止まっていない。連続殺人事件と交通安全週間のパトロールで出払っているのだろう。
俺たちが出る時もそうだったから、仕方なく赤紫色の無線も搭載していない森下さんの車をパトカー代わりにしたのだ。
俺はブレーキを踏んで車を停めると、急いで下車した。そしてワゴン車が入ってくる前に後部座席のドアを開けて御崎静香を導く。だが彼女を署の中に入れる時間はない。ワゴン車は思ったよりも早く俺たちに追いついて来たのだ。
俺は彼女を車の陰に隠れさせて、考えていた手筈通り、装備していた銃に手をかけた。
「あ」
銃は無駄に発砲してはいけない。弾一つにも金は掛かっている訳で、それは国と国民の税金から賄われているのだから。それに銃声は人の心を不安にさせる。
以上の事から銃を持つ際は無駄な発砲をしない事と、発砲を控える事を約束しなければならない。守らなかった者は一週間の謹慎と始末書が課せられるはずだ。これは全課に伝えられたものだったが、生活安全課に所属していると銃を持つ事件に遭遇する事は殆どないから、俺はあまり気に止めていなかった。
だから忘れていたのだ。始末書なんて邪魔くさいだろうと言って、端から銃弾を抜いた男がいた事を。
「木崎さん」
不安そうに御崎静香が呼んだ。俺は使える頭脳とありったけの知識をフルに動かして考えた。
脳内にあった計画は森下さんのせいで潰されてしまったが、大丈夫。まだ道はあるはずだ。保護と確捕と言う二大の目的は変わらないのだから、やり方を変えれば良いだけのこと。ただ後ろ盾を失ったと言うだけではないか。
落ち着けば出来る。
大丈夫だ。
「此処に居て下さい」
御崎静香が頷くのを見てから、俺はハッタリにしかならない銃を手にして車の前に出た。女がゆっくりとした動作でワゴン車から降りてくる。今から彼女を捕らえなければいけないと思うと、気が遠くなる。
何せ俺は万引き犯もロクに捕らえたことがないのだから。