短編集

 ろくろ首のアルフと女郎ぐものグリスは妖怪の中でも一際目立つ存在である。美人で艶やか。だがそれが二人の喧嘩の元になっているから、何とも言えない。

 確か三百年前だったか。百鬼夜行の実行委員が考えた催しの中に妖怪で誰が一番美しいかを決めるものがあった。その自選は無しの投票で、二人は同率一位になったのだ。二人は勿論自分が一番だと言い張り、仕舞いには半殺しの喧嘩になってしまった。俺の記憶が正しければ、それを止めたのはこのラシードだ。

 酒の余興としてはたいそう面白かったのだが、それ以来二人は犬猿の仲。百鬼夜行で二人が揃うのは、その三百年振りなのだ。



「さて俺はもう河童の所に行くが、一緒に行かないか? 今回の会場は河童池だから無駄に広くてな。準備を手伝ってくれよ」


「何で俺が手伝わなきゃならんのだ。一眠りしたら追い掛けるよ」


「そうかい。全く、俺はお前の為に百年も苦労したって言うのに」


「おい、何の事だ?」


「別に何でも。遅れるなよハールーン」



 ラシードは反転して歩き始める。手を挙げる様は何かを気取っているのだろうが、何を気取っているかまでは定かではない。ラシードの足音が聞こえなくなってから、ふとからす天狗たちが不思議そうな目でこちらを見ているのに気が付いた。



「どうして一緒に行かないんです?」



 最年長の『からす』ことラーテンが呟く。三つの中ではどれより従順だが、少しばかり口うるさい所がある。



「何で一緒に行かなきゃならねぇんだ」


「友人でしょう、若君の数少ない。久々に語らえばいいのに」



 これは一番下っ端『若輩者』ことミリアム。皮肉交じりに不服そうな声を出す。どうせラシードについて行けば飯をたらふく食えるとでも思っているのだろう。



「俺は準備を手伝うなんてごめんだ」


「……でも、若君」



 低い声で最後の一つ、コーラルが呟く。これに関しては俺の所に来る前から、左の羽根が身体よりも大きいから『レフト』と呼ばれていた。『からす』も『若輩者』もそうは呼ばないが、俺はそっちの方がしっくりくるからそう呼んでいる。



「黙れ。何にせよ夜中に動く気はない。朝になったら出るから準備しておけ」



 レフトが黙って頷くと他も準備に取り掛かった。と言っても特にこれを持って行くと言うものはなく、その音はすぐに止んでまた静かな暗闇空間に戻る。今の俺の目は暗闇に慣れてしまって、何処に何が置かれているか鮮明に理解する事が出来た。だがそれはさっさと意識の外に追い出してしまって、俺は再び目を閉じた。

 これから起こる事を知っていたら、俺は今すぐラシードを追い掛けて百鬼夜行の参加を辞退したに違いない。だが俺は知らなかった。考えも、しなかったのだ。

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