短編集
「警察です。銃を地面に置いて両手を挙げなさい」
ハッタリを構えながら俺は巡査としての仮面を被った。だが相手はそれに屈する程、弱虫ではない。女は俺に銃を向けた。カーチェイスばりの争いをして、結局一人を撃つだけの度胸があるのだから、警察が目の前に表れたからと言って簡単に退く訳がないか。
「刑事さん、トリガーが引かれてないよ」
女はにっこりと笑った。
俺はハッタリを視界に入れて、その真偽を確認する。残念ながら彼女の言う通りトリガーは引かれていなかった。撃つ弾がないのだから、忘れたって仕方ない、と言うのはただの言い訳にしかならないだろうな。
俺は急いでトリガーを引いたが、それすら忘れてしまう様なへなちょこ刑事なんて、敵の数にも入れてもらえないだろう。女はまだ笑っていた。
「お前はそもそも、言い方がなってない」
ふと、聞きなれた声がした。
「死にたくなきゃ、武器を下ろせ!」
そして威厳のある声が圧し負けていた雰囲気をぶち壊した。俺は使えない銃を構えたまま森下さんの車を見る。するとドアが開いて一人の男が銃を構えた姿で下車をしたではないか。
弾があるのかは定かではないが、トリガーはきちんと引かれている。
「署に来たのは正解だったな、木崎」
「森下さん。撃たれたと、思ってました」
「窓が割れたのは銃弾じゃなくて、石のせいだ」
森下さんは右手に持っていた拳大の石を地面に捨てた。
「思ったよりも大きくて避けられなかったんだよ。まさか気絶するとはな」
「……よかった。死んだかと思って心配してたんですよ」
サトリなら石ぐらい避けれそうなものだが。投げる瞬間の心を読み取ればよかったんじゃないのか。俺の心ばかり読んで馬鹿にしている暇があったら、危機を察知すればよかったのだ。
能力の無駄遣いばかりしていてはいつか本当に死んでしまうぞ。
「お前、猫かぶりは大概にしろよ。心配の欠片もしてない癖に」
あぁ、そうか。彼は心を読む事が出来るのだった。
森下さんはやはり危機を感じていない様で、女に銃を向けられながらもけらけらと笑っていた。だがその雰囲気は格段に違っている。よれよれのスーツをクリーニングに出した訳でもないのに、シャキっとしている気がしたのだ。
勿論、これは感覚のさじ加減であるが。
「木崎を撃つ気か」
突然、女の心を読んだらしい彼はそんな事を呟いた。そうして銃を素早く撃つ。弾は女の銃に当たり、その銃は彼女の手から滑る様に落ちていった。森下さんはその後も女を狙ったままの格好を保っている。
だからかどうか知らないが、女は微動だにしなくなった。
だが、俺は確かに誰かが動くのを見た。そしてその誰かの存在を証拠付ける様に、鋭い何かが森下さんに向かって飛んでいくのが確認出来たのだ。危ないと思ったのはその一瞬だけで、気付けば俺は無我夢中で彼を突き飛ばしていた。
今度こそ森下さんが死ぬと思ったのだ。何事かと森下さんが俺を見たのと同時に、俺は黒ワゴンの後部座席にネズミの姿を見た。開いた窓から全身を使って小さなネズミがナイフを投げたのだ。そして今はこちらの様子を伺っている。
その旨を森下さんに伝えようとして、俺はようやく自分の首が痛むのを感じた。首はゆっくり、ちりちりと痛みを帯びていく。