短編集

02





 暗闇に落ちた途端、
 死んだと思った。


 だが、死を恐怖している時点で俺は生きていると脳が理解する。瞳を開いたのはそれからだ。身体が痛かったから、倒れてすぐ目を開けたのだと思ったが、どうやら時間は経っているらしい。

 白い天井に白い壁、そして白い床が俺を囲んでいた。病院の個室か? 身体が痛かったのはギシギシ鳴る古いベッドのせいだろう。視界のぼやけは治っていたが、変わりに眠気と空腹が俺を襲った。

 目を閉じればすぐにでも眠れそうだ。



「眠り屋が。起きたなら腕の一本でも動かせよ」


「……もりした、さん」


「記憶はあるか」



 当たり前じゃないか。俺は小さく頷いて身体を起こした。その途端、俺は例の事件を思い出した。御崎静香は無事なのだろうか。ネズミはその後どうなったのだ。俺は再び首を確認する。手に触れたのは血ではなく、ざらついた触感だけになっていた。

 一体どうなったのだろうかと疑問に思っていた所、何故か知らないが林田くんが部屋に入ってきた。彼は俺を見るなり顔を緩ませて会釈をする。



「森下さん」


「事件は解決したよ。ネズミは林田が捕らえた。お前が喰う前にな」


「木崎さん。あの時はすいません。ネズミを横取りしてしまって」


「いや……それは、良いけど。御崎さんは?」


「家に帰したよ。お前が保護したお陰で傷一つなく、な」



 それはよかった。



「今は警察署で事務として働いている」


「……事務? どうして急に」



 言ってから俺は訂正した。

 急ではないのかもしれない。俺は目を覚ましてから、季節が変わった時みたいな空気の変化を感じていた。

 傍らに居る森下さんの顎にはいつの間にか無精髭があるし、林田くんの髪の毛もかすかに伸びている気がする。それに俺の首が……斬られた首の傷が治っているのだ。どうしてと聞くまでもない。

 俺が感じた数分は世間で言うと数日、もしくは数ヶ月だったのだ。

 夢も見ていなかった。だからどことなく違和感がある。目を閉じて開く。その作業をしただけで時間が経ってしまったのだから。何から聞けばいいのか、俺は頭を整理した。
< 42 / 69 >

この作品をシェア

pagetop