短編集

「いいか、死にたくなきゃ言う事を聞け」



 頷きたくはない。飽きているのは王様だけではないのだ。毎日毎日繰り返し財布を開ける身にもなってみろ。毎日毎日殴られ蹴られる立場を考えろ。立場を聞くならお前も知れば良い。



「さ、さい、てい」



 王様は満足そうに笑っている。



「褒め言葉だな。よし、今日はもう帰っていいぜ」



 王様は立ち上がった。



「ただし、明日は万札でも持ってこい」


「ま、万札だなんて、そんなお金」


「俺に口答えすんな。ほら、明日は何するか言え」


「と、とりあえず、万札を」


「とりあえずじゃねぇよ馬鹿が、ムカつくなお前は」



 二人の馬鹿よりきつい一撃がハチの腹を直撃した。一瞬止まる呼吸。常に息を吸っていた自分がいかに幸せなのかと痛感する。苦しさが頭を支配する。だがそれも数秒。

 思い切り空気が肺に入って来た頃、王様と馬鹿共はケラケラと笑ってハチに後姿を見せていた。


 悔しいと思う暇はない。その場から逃げる以外の選択肢はハチの頭にない。なにせ二十四時間以内に四千円を用意しなければ、また息が出来ない一瞬が訪れるのだから。次の日もまた次の日もハチは王様と馬鹿共に怯えて暮らす。

 悪に怯えて暮らすのだ。



「なあ、ハチ公、俺に尽くせよ一生」



 今日も王様の笑う声が聞こえる。




 ハチはある日、人に相談する事にした。とは言ってもハチに友人など居ない。人々は王様に目をつけられているハチを助けたいとは思わないのだ。これもきっと、また悪の一種。

 ハチのクラスメイトは全員王様に怯えている。一番悪いのは王様。そして馬鹿共。彼らが横暴などしなければクラスメイトはハチの友人だった。



「ば、馬場先生」


「あら、どうしたの?」


「か、家庭科のテストの、事で」


「うん? 言ってみて」


「ど、どうすれば、その、点数を」



 先生は味方。そんなものは言わなくても全員が気付いている。



「お、ハーチー」



 だから邪魔者は現れる。廃倉庫であろうと学校の廊下であろうと気にせずに。先生と保健室は分かりやすいエサである。これは誰も気付いていないけれど、ハチは今、気が付いた。



「センセに相談事?」


「も、持田くん」


「水臭いなあ、先に俺に相談しろよー」



 王様はハチの首に腕を回してじゃれている風に見せ付ける。先生は子供同士のじゃれあいを微笑みを浮かべて眺めるだけ。

 気付かない。
 気付けない。

 ハチの心は誰にも届かない。

 王様以外には。

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