短編集
いつもならからす天狗に「朝です、飯を下さい」と起こされるのだが、夜明け前に目が覚めたのは起こされたからではなかった。百鬼夜行だからと興奮して眠れなかった訳でもない。ただ単に外がうるさかったのだ。文句を言ってやろうと思ったのだが、俺が目を覚ましたから暫く。音は止んだ。
すぐに『からす』の姿を探したが、見当たらない。あぁ、それにしても。
「――血なまぐさい」
外から薄明かりが漏れて来洞窟の中を少しだけ照らしている。匂いはする癖に血は目につかない。もしやからす天狗たちが朝食の為に狩りに出かけたのだろうか。否、ありえない。俺が獲物を取って来て出さない限り、あの三つは飢えて死ぬだけだ。
ならこの匂いは一体何だ。俺は立ち上がって洞窟の外へ向けて歩き出した。夏の癖に夜明けは少し肌寒い。空には薄い青が既に広がり始めていた。
「おい、『からす』はいねぇか」
呼ぶと、ふらふらと森の方からやってくる三つのからす天狗たち。しかし真ん中は抱えられている。両脇がいないと飛べないのだ。それもそのはず。彼の羽根は自慢の左を残して消えている。
「おい『レフト』か? 右の羽根はどうした」
「若君、百鬼夜行には行くべきではありません」
「何だ『からす』何があった」
「覆面の輩が洞窟に入り込んで若君を殺そうとしたんです。若君が死ねば百鬼夜行は全て丸く収まると叫んでいました」
「それで?」
「侵入者にいち早く気付いたコーラルが応戦し、若君にあの薬を、例の、百鬼夜行でいただいた仮死状態に見せかける薬を使いました。殺させない為に」
そういえば、昔にそんなものを貰っていた。使う機会などないと思っていたのだが。
「それで、どうして『レフト』の右翼がもがれてる」
「コーラルが邪魔したからさ。若君への夜襲を。その誰かさんにやられたんだ」
『若輩者』の言葉に俺は少しばかり口をつぐむ。つまり誰かが俺を狙っていたと。百鬼夜行に参加させない為に俺を殺しに来たと。そこまで俺に参加して欲しくないとは。嫌われているのは知っていたが、それほどまでに嫌われていたのか。
ふと『レフト』の小さな目と視線が交わる。奴は申し訳なさそうに頭を下げて目をそらした。元々『レフト』は態度で事を示す奴だ。その『レフト』が身を挺して俺を救ってくれた。天狗は手下を守るものだ。だが俺は手下を守る所か救われている。そのくせ、俺の口からは礼の一つも出てこない。
「若君、百鬼夜行はどうなされます」