短編集
その後口を上手くして先生を職員室に帰した王様はハチを屋上まで引きずった。階段でがたがた膝を打つハチ。それが嫌で途中の廊下から立ち上がったけれど、それは自らの意志で王様の後を歩いている様にしか見えない。
誰もハチが無理やり引っ張られているとは思わない。王様はその姿にまた笑みを浮かべて歩き続けた。
「おいハチ、開けろ」
細い目でハチに命令した王様は、ハチが戸を開けるとすぐに彼の背中を蹴り飛ばした。屋上なんて誰も近づかない不良の素窟。ハチは誰にも救われる事なく屋上へ入り、そして閉じ込められた。
屋上には貯水タンクと大きな空しかない。タンクへは梯子で登れる様になっているが、誰もそこには登りたがらない。そこは王様の場所だからだ。学校で一番高い場所だからだ。
そして屋上は廃倉庫と同じコンクリート。埃の代わりに砂埃、骨組みの変わりに深緑のフェンスが屋上を囲んでいる。フェンスは生徒が間違って落ちてしまわない様にと取り付けられた先生と親の優しさと知恵である。だが大まかなフェンスは足をかけるのには最適。これも優しさと言えるのだろうか。
自ら落ちに行く者にとっては行きやすい場所であった。
「ハチ、ここでお前を」
「……を?」
「いいや、お前に昼飯買って来たんだよ。まあ食え」
王様とハチの二人しかいない広い屋上。誰にも聞こえないその声は心なしか棘がない。だが投げられたキャットフードと泥水の入ったペットボトルは棘だらけ。
誰が居ても居なくても状況は変わりない。朝も昼も夜も状況は変わりない。全くと言っていいほどに。
「ほら、食えよ」
「こ、こんなの、食べられないよ」
「あぁ、そうか、悪い」
王様は満面の笑みを浮かべる。
「お前はロイヤルドックフードの方がいいか、ハチ公」
「ろっ……」
ケラケラと笑う声が大空に響く。チャイムが鳴って授業が始まって、辺りが一層静かになってもその笑い声は響いていた。ハチはキャットフードとペットボトルを握り締める。悪に怯えた少年は考えるのだ。
どうすればこの連鎖が終わるのかを。そして気付く。
「し、死んでやる」
「ああ? 何だって?」
「て、てめえの前で死んでやるって、言った!」
目の前で。王様のその目の前で死んでやる。そう思ってハチはフェンスによじ登りない力を振り絞ってフェンスの向こう側へ行く。安全ではない場所。深緑を挟んで王様がハチの事を見ている。驚いている。きっと逃げるに違いない。ハチはそう目論んでいた。
「口悪いな。お前本当にやるのか?」
「や……やる、死ぬよ」
王様は無表情のままハチに近づいて来た。フェンスにかけるハチのその手に手を重ね、落ちるなと伝える様に捕まえる。真っ黒の瞳がまたハチを捉えていた。まん丸な黒目にハチが映る。